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2011年3月 6日 (日)

ギブミーチョコレート

自分の考えやことばに自信を持つのは大切なことですが、謙虚さのないのは「やな奴」と思ってしまいます。西欧の人は、神の前での謙虚さがあるはずなのに、他人に対する謙虚さが日本人に比べて希薄なのでしょうか。相手に対して弱みを見せると生きていけなかったような歴史的背景があるのかもしれません。いずれにしろ、傲慢になると、これはまずいでしょう。自分の意見が絶対だと思うことの危険を知らない人が多いようです。

日本人でも、というより日本人はとくに、と言うべきかもしれませんが、正論ゆえに許されると思うことの間違いに気づいていない人がよくあります。「くじらを殺すのはよくない、したがって日本の捕鯨は許されない、日本がくじらをとることを妨害してもそれは正しい行為である、正しい行為であるがゆえに、捕鯨船が損傷を受けたり、日本人乗組員が死亡したりしてもわれわれは許される」という考え方です。この人たちに理屈は通じません。自分たちの言っていることは正しいと思い込んでいますから、自分たちに反対する人はすべて悪なのです。これに類したことを、日本人もやってしまうことが意外に多いようです。たとえば「人権」を持ち出されたら、なにも反論できなくなります。それは、出発点が「正論」だからですね。「くじらを殺すのはよいことか悪いことか」と問われたら、だれも「よいことです」とは言えません。

一時期よく言われた「ことば狩り」など、まさにそれですね。「差別を助長するようなことばは使うべきではない」と言われたら反論できません。それがエスカレートすると、文脈に関係なく、使ってはいけない、とわめきたてる人が出てきます。テレビで「ピー」とはいるのは、使ってはいけないことばが使われたときです。「季ちがいじゃがしかたがない」は、謎解きのポイントなので、さすがにカットはされませんでしたが、使ってはいけないことばなのだそうです。「釣りキチ三平」が許されているのは不思議ですが。

「ことば狩り」を通りこして「漢字狩り」というのもありました。「子供」と書くのはだめだ、というやつです。「お供」を表すことばだから使ってはいけない、ということらしいのですが、どうなのでしょう。「婦」はおんなへんに「ほうき」だから、女性差別だと言い出した人もいたそうです。これには漢字の本場中国出身の作家陳舜臣氏が、この字は、ただのほうきではなく先祖をまつるところを清めるという意味があって、爵位を表すときにも使われたものだから、差別どころか、いい意味を表すんですよ、とやんわりと反論されていました。もちろん、陳舜臣氏はよい意味の字だったら使ってよろしい、と言っているのではありません。悪い意味を表す字だからよくない、というのは、よい意味ならいいんだ、ということでしょうが、それは悪いものを前提としているのだから、その字を使う時点で差別の意識がある、ということになります。要するに、「バカ」は差別だからよくない、と言っていたら、「かしこい」も逆差別で言えなくなる、ということです。こうなると、すべてのことばが使えなくなってしまいます。陳舜臣氏は漢字を愛するからこそ、それこそ漢字を「差別」しないでくれと言っているのでしょう。

あることばを使ってはいけない、と言って存在を否定しても差別はなくならないし、問題自体をないものとして、じつは逃げているだけなのですね。でも、「差別はよくない」という前提からのことばなので、本人は全面的に正しいと思いこんでいるのでしょう。ヒステリックに叫ぶ愚かしさには気づかないものです。そういう人にかぎって、「無洗米」ということばは変だ、米は研ぐものであって洗うものではない、とは言ってくれません。こういうところにこそ、つっこんでほしいのに。また、外来語についても鈍感です。「クレージー」「マッド」「ブラインド」は使ってもおこられないのでしょうか。

外来語で思い出しました。最近「ふらっと系」の発音はどうなったのでしょうか。相変わらずなのか、それとも消えたのか。「ふらっと系」というのは、私が勝手に作ったことばですが、「ドラマ」の「ド」を強く言わずに、全部同じような平坦さで発音するやつです。ジャイアンツの原とかいう人が自分のポジションを「ふらっと系」で「サード」と発音しているのを聞いたとき、ああこいつは長嶋さんとはちがうポジションを守っているのだな、と思って感心しました。「ザード」とか「ビーズ」とか、それまでのカタカナことばとはちがう「ふらっと系」が芸能界で使われだしたのと、「データ」「ディスク」「ファイル」などのコンピュータ関係のことばの平坦化はどちらが先だったのでしょうか。カタカナことばだけでなく、「彼氏」を「枯れ死」としか聞こえないような発音で言う人が出始めてから久しくなりました。さすがに、「スマップ」「嵐」を「ふらっと系」で言うと変なので、これは「伝統的」ですね。何が基準になっているか、聞きたいものです。

テレビでは、関東と関西のちがいもあるかもしれません。関西のニュースで、大阪弁のことばを引用するときに、アナウンサーはやはり「正しい」イントネーションで発音してくれることが多いのですが、このニュースを関東のアナウンサーはどう発音するのかなあ。秋になって「赤とんぼ」が飛び出すと、そんなこともニュースになりますが、正しい発音はもともと「あ」を強く言っていたそうです。その証拠に「夕焼け小焼けの赤とんぼ」はそのアクセントを意識して作曲しています。

「チーム」を「ティーム」と発音するアナウンサーも増えていますね。むかしは「ディスコ」が発音できずに「デスコ」と言っていた老人も多かったようです。「ジャスコ」は言えたのに変ですね。ただ、日本語なのに、外来語の部分だけをそれっぽい発音にしてしまうのは、なんか滑稽です。ひとむかし前のDJの突然英語ですね。日本語でおしゃべりしていたのが、曲名と歌手名だけが英語になってしまう気恥ずかしさ。最初はおおっと思ったものでしたが、いまどきやっているのを聞くと、ギブミーチョコレートを思い出します。といっても、そんな時代を直接知ってはおりまへん。

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