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2011年4月27日 (水)

伊丹十三は目玉焼きをどう食べたか

知らない間に名前が変わるというのは、実は意外によくあることかもしれません。明治になって生まれた「牛鍋」なるものは、いつのまにか「すき焼き」に変わりました。ただし、これは関西と関東での違いが関係するかもしれません。関西でははじめから「牛鍋」ではなく、「すき焼き」だったような気もします。「おでん」も関西で「田楽」と言われたものがルーツなのでしょうが、「味噌田楽」とは似ても似つかないものだから、関西人は「関東だき」と言っていたのではないでしょうか。でも、「関東だき」も死語になり、関西でも「おでん」になってしまいました。「関東炊き」は煮込んでいるので「炊く」ということばがあいますが、「すき焼き」は焼くのでしょうか。高い店では最初に肉だけを「焼く」(正確に言うと「焼いてくれる」)ので、なるほどなと思いますが。「すきなべ」ということばもありますな。これは牛肉ではなく、魚介類を使った物で、要するに「すき焼き」のパチモンということでしょうか。

だいたい、「焼く」とか「炊く」とか「煮る」とか、区別がつきにくいようです。「…焼き」の造語法からして無茶苦茶です。「玉子焼き」は玉子を焼いていますが、「たこ焼き」はタコそのものを焼いているわけではありません。「いか焼き」の場合は、「たこ焼き」の親戚みたいなやつをさす場合もあり、イカそのものを焼いた場合もあります。「たい焼き」は鯛の形をしているだけです。これは「人形焼き」も同じでしょう。「鉄板焼き」は「鉄板」で焼いたものです。「広島焼き」は、広島で生まれたものでしょう。「モダン焼き」は何なのでしょう。「目玉焼き」はもちろん「目玉」を焼いたものではありません。

また、「焼く」と「炒める」の違いは何でしょうか。イメージ的には鍋やフライパンを使えば「炒める」であり、「焼く」は直接火に接する感じがします。しかし、それならば「焼き飯」はまちがいで、「炒飯(チャーハン)」が正しいことになります。ピラフはスープで炊いたものであり、「炒飯」は油で炒めています。「焼き飯」も油で炒めているのですが、「炒飯」とはどこが違うのでしょうか。玉子をいつ入れるかで区別する、という説を聞いたこともあるのですが、なんかうさんくさいですね。

では、「炊く」と「煮る」のちがいは何でしょうか。関東では、ご飯だけが「炊く」でほかは「煮る」と言うようです。関西では「煮る」はあまり使わないような気がしますが、どうでしょう。「大根の炊いたん」という言い回しが関西では普通です。他にも「魚の焼いたん」「豆腐の腐ったん」というのもありますな。ただ、「煮るなり焼くなり好きにしろ」なんてことばもありますから、「焼く」に対応する調理法としては「煮る」が正しいかもしれません。でも、カレーは「煮る」ではなく、「炊く」で決まりのような感じがします。ということは、やはり「炊く」と「煮る」は違うのでしょうね。

カレーといえば、ふつうはビーフカレーですが、これも東京では豚肉を使うらしい。東京は牛肉が高いので、豚肉がメインになり、肉じゃがも豚肉だとか。関西では、「肉」=「牛肉」であり、豚肉はわざわざ「豚肉」と言います。551の「ぶたまん」も、東京では「肉まん」というのですね。とはいうものの、さすがに「焼き肉」は東京でも「牛肉」でしょう。「しゃぶしゃぶ」は牛肉があたりまえだと思っていたのが、最近では「ぶたしゃぶ」のほうがおいしいとさえ感じられるようになってきました。豚肉入りのカレーはまだ抵抗がありますが、食べてみたら意外においしいかもしれません。

そもそも、カレーは本来インドなのだから、牛肉というのは変だったのですね。ビーフカレーはインドの人にしてみたら、許せない料理なのでしょう。いや、インド人から見たら、日本の「カレーライス」は完全な日本の料理です(カレーライス」も昔は「ライスカレー」という言い方がありましたが、これも死語でしょうか)。ラーメンと同じく、もとは外来のものであったとしても日本にしかない料理になっているようです。トンカツやコロッケなども「和食化した洋食」なのですね。オムライスなんて、西洋にはなさそうです。いくら皿にのせたって、日本風の「ごはん」は本格的なフランス料理には出てくるはずがありません。「本格」ではない「洋食」には、皿にのせた、いわゆる「ライス」なるものが出てきます。ファミレスで「洋食」を注文したあと、「それにごはんつけて」と言うと「ライスでございますね」と言われるので、「いや、ごはんです」と言うと「ライスでございますね」「いや、ごはんです」「だからライスですね」と泣きそうな顔で言われます。そのくせ、最近はお箸を使って食べられるようになりました。昔はナイフとフォークしか出てこなかったのです。この凶器のような代物を使って、皿にのった「ライス」をどうやって食べればよいのでしょうか。昔の日本人は、なんと左手にもったフォークの背中に、ナイフを利用しながら「ライス」をのせて食べるのが「マナー」だと思っていたのです。そんな「器用」なことはなかなかできないですが、それができないと、「上品」な人たちから、「マナーを知らない」とバカにされたものでした。今から考えると、西洋コンプレックスのかなしい三流国民でしたな。どこのアホが考え出した「マナー」だったのでしょう。

でも西洋でも「目玉焼き」は食べるのですね。片面のみ焼いた「サニーサイドアップ」はナイフとフォークを使って、どのように食べるのが「マナー」なのでしょうか。だれも見ていなければ、黄身に直接口をつけて、チューチュー吸いたいのですが、さすがに人前ではそうもいきません。パンにつけて食べるのがよさそうな気もしますが、本当に「マナー」として正しいのでしょうか。なんか汚らしい感じがします。「スプーンをくれー」とさけぶのもどうかなあ。ひょっとして、気の利いたところなら、はじめからスプーンを出してくれるのかもしれません。伊丹十三は、「目玉焼きって食べ方に困るよね、ほら、こんな風にすると汚らしいし、こうしてチューチュー吸うと子供みたいだし……」と言いながら、結局全部食べてしまうという、達人らしい食べ方を紹介していました。この人は大江健三郎の義理の兄で、俳優や映画監督として有名でしたが、実はエッセイストとしての才能が最も優れていたように思います。「日本世間噺大系」というのがたいへんおもしろうございました。文庫でも出ているので一読をすすめます。ただし、あの味がわかる大人になってから。

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