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2011年7月14日 (木)

専門用語

ことばは日々新しいものが生まれて消えていきます。

特に、今のような高度情報化社会では、ことばの「新陳代謝」は目まぐるしいスピードとなるわけです。

なんだか国語の教材に出てくる論説的文章のような始まり方ですが、今回も私らしく、「ベタな」読み物となることを許してください。

「ナントヵちゃんねる」なる某有名ネット掲示板でも、「新語」が生まれては消えていくようです。

ことばを扱う仕事に携わる者としても、興味は尽きないので、

「◎◎しますた」「~ですが何か?」「◎◎乙」「orz」「㌧クス」など、新しい「表現」?を見つける度に、

これは流行りそうだな~とか、これはさぞ短命であろうことよ、それみろ云々などと一人で予想をしています。

その昔、私が中学生の頃、「初歩のラジオ」という雑誌があって(今は残念ながら休刊となって久しい)、田村正和や別所哲也が持ってくる食べるハムとは根本的に別の無線のハムや、電子工作など、硬派なお宅(あえて漢字で書きたい)の雑誌としてお宅界に君臨していたかと思います(あくまで私の見解です)。

近所の高専出のお兄さんにどさっと古い「初歩のラジオ」を何冊ももらい、活字に飢えていた私はすっかり「初ラ」読者に。最初のページから私の知らない理系用語?が続出で、あたかも高校の理科研究会に見学者として参加したような、うかつに変なことを聞けないような、それでいて自分も奥深い世界に入っていく予感のする「わくわく」を今でも思い出せます。

どうも理系の方々には「あ、それを聞く人なの」「その質問は愚問だな」「そこから説明させるわけね」的なふんいきがあり(あくまで私の見解です)、そこがなじめないという人もいるわけなんですが、私はそういうとこが結構好きです。入るときは敷居が高いけれども入っちゃうとぬくぬくな世界。これっておおむね日本人の傾向かも。

あ、話がベジエ曲線をいじっているときみたいにあらぬ方向に。

その「初ラ」という「誠文堂新光社」という出版社の雑誌によく出てきたのが「FB」「VYFB」という省略語。

そもそも意味がわからない言葉だらけの雑誌の中で「アッテネータの減衰量を……トランジスタ出力の……閾値の……するとFBです」などというに至っては、もはや文脈で推理することが困難でしたが、何度かまったく違う文脈で出てくることから「ナイス」「いい感じ」「スマート」くらいの意味で使用されとるのかしらん、とおぼろげながら理解しました。

理系の人々は本来国語が「相対的に」苦手であるはずなので、彼らなりにコミュニケーション能力を発達させるために「文脈から用語の意味考えろ」的な、「一見さんお断り」な、「上級者と初級者の違いは云々」「……坊やだからさ」という感じに世界を構築しているのだと勝手に想像が広がってしまいます。

そういう系の(というとこの「~系」も流行ったものですが)言葉としては、女性雑誌にとどめを刺すと思います。

そもそも女性は流行語・新語に敏感ですよね。かの紀貫之が女性の視点で「土佐日記」を書くことにしたのは、女性の言葉の方が自由闊達に思いを書けそうと考えたからとか。今のおネエブームの遠い先祖かもしれません。

女性誌の電車の中吊り広告を見ると、

「タンスのコヤシ的ボトムスがちょい姫着回しコーデに激カワマストアイテム」

とかなんとか。私の想像力や記憶力ではこの程度の再現性しかないのですが、とにかく、

女性の造語能力は素晴らしいと思います。平安時代の女房言葉しかり。

この辺りの事情は山下先生の授業で運が良ければ聞けるかもしれません。

話があちこちに飛びましたが、私の読解力は「初ラ」で鍛えられたのかもしれません。

懐かしき誠文堂新光社。その後も「天ガ(天文ガイドという雑誌)」が私を悩まし続け、

天文少年だった私は、図書館で何か月遅れかの天ガを読み、

「もうこの天体ショーとっくに終わっとるやんかいさ」とがっかりしつつ、

「やはり接眼レンズはオルソに決まっておるぞ」などとごく内輪で悦に入っていましたとさ。

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