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2011年11月 7日 (月)

太郎の気持ちはわからない

だじゃれではないのですが、同じことばでありながら二通りの解釈ができるものがあります。たとえば、「ないものはない」ということばはしゃべる人の態度や様子で意味が変わってきます。ドン○ホーテのような店がえらそうに「ないものはない」と言えば、「何でもある」の意味になりますが、「どうしてないんですか」と問い詰められたときに「ないものはない」と言えば、「ないのだからしかたがない」の意味になります。どちらの意味なのかは、それまでの文脈やそれを言うときの態度で判断するしかありません。

「雪にかわりがないじゃなし」というフレーズのある有名な歌がありました。「ないではないか」と解釈すれば問題はないのですが、「ないわけではない」と解釈すると「ある」ということになってしまいます。だいたい打ち消しというのはむずかしいですね。「…しようか」と言っても「…しようではないか」と言っても同じだし、「…する?」と「…しない?」とたずねても同じになるというのはなんか変です。打ち消し表現を重ねると、瞬間的にどっちかわからない場合がありますね。「あり得なくない?」とか言われても「あり得る」のか「あり得ない」のか、わかりません。「そうじゃないこともないわけじゃないですか」とか言われたら、「おまえは何を言っとるのだ、バカモーン」と言うしかありません。

世の中には格調高く見せかけて、実は何も言っとらんという、ふざけた表現もあります。政治家や役人の言う「可及的速やかに善処します」は「何もしません」という意味らしい。「くわしい話は聞いていない。それが事実なら大変だ、まことに遺憾に存じます」というのは、「別にどうだっていいじゃないの」という意味だそうです。「オトナ語」の中にもこういうのはよくあります。「今度またいっしょにメシでも」や「うちにも一度いらしてください」というのも、単なる「さよなら」の意味しか表していません。「京の茶漬け」ですな。ことばというのは、実にいいかげんなものであります。

では数字は正確か、と言うとそうでもない。1÷3×3の答えが1と0.9999……の二通り出てくるのは、どこかにごまかしがあるのにちがいありません。100㎏と0.1tは同じはずなのに、体重100㎏と聞いたら、そういう人も多いよなと思うのに、体重0.1tと聞くと、おまえはトラックかと言いたくなります。平均点というのも考えると変です。62.3点が平均点だとすると、その点数が最も普通の点数だということになりそうですが、62.3点という中途半端な点をとった者はだれ一人としていないのですね。統計のうそというのもよく言われますが、たしかにまやかしが多いようです。

統計の解釈のしかたでは、相関関係と因果関係というのも、区別しにくいことがあります。成績のよい子は朝ご飯をちゃんと食べていることが多い、というデータがあったとしても、朝ご飯を食べることがよい成績をとる原因になるわけではない。でも、そういうデータを示しながら、あたかも自明の事実であるかのように因果関係を言われるとうっかり信じてしまいます。まあ、多くの人の「論理」もじつはその程度なのですがね。第一厳密すぎると日常生活がスムーズにいきませんし。「その部屋にはいったら、だれもいなかった」に対して、「おまえがいるじゃないか」とつっこまれることをおそれて、「私をのぞいてだれもいなかった」というのも変です。アバウトでよいのでしょう。「あんたかてあほやろ、うちかてあほや、ほなさいなら」のレベルです。三段論法のように見えて、論理的でもなんでもない。「山下くんはめがねをかけている」「山下くんは人間である」「人間はめがねをかけている」の結論は明らかに変なのですが、なぜ変なのか、すぐには反論できません。こういう「へ理屈」を大群でおっかぶされたら、いつのまにか説得されてしまいそうです。「AならばB」に対して「BならばA」が言えないのはなんとなくわかりますが、「BでないならAでない」が成り立つと言われても、打ち消し表現が重なるので、なんだかわからなくなります。

落語の「壺算」はみんな聞いていてげらげら笑っていますが、瞬間的に理解できているのでしょうか。つぼを2円で買った男が、「倍の大きさのつぼにしてくれ」。店のほうは「それなら4円です」と言う。男が「さっき買ったつぼはいらないので、2円で引き取ってくれ」と言うと店は了承する。そこで男は、「さっき払った2円と、下取り代の2円で合計4円やな」と言って、つぼを持って帰るという話ですが、店には2円のお金しか残っていない。変は変なのですが、ではなぜ変なのと言われると、ややこしくて説明できないような気がします。

「八百屋にキャベツを買いにきて、『五百円』と言われた外国人が一万円札を出してきた。ところが、八百屋は細かいお金がたまたまなかったので、となりの魚屋へその一万円札を持って行って両替してもらい、お客に『九千五百円』のおつりとキャベツをわたした。ところが、しばらくすると、魚屋のおばちゃんが『さっきの一万円、にせ札やないの』と言ってきたので、八百屋は自分のところの金庫から一万円を出して魚屋に返しました。さて、八百屋はいくら損をしたでしょう」という問題にさっと答えられる人が世の中に何人いるのでしょうか。

算数の問題にはこういう「まぬけ」なやつがよく登場します。しないでもよい、よけいなことをするやつですね。「太郎君は学校まで毎分80メートルで歩いて行きますが、今日は歩き出して3分後に毎分160メートルで歩いたために、いつもより5分はやく学校に着きました。さて、……」なんて問題がよくあります。子どものころの国語科の講師は「太郎、おまえはなんでそんなよけいなことをするねん、いつも通り歩けばええやないか。しかも毎分160メートルって倍の速さやないか、常人の速さやないで、それ走ってるがな、朝なにがあってん、おかあちゃんに叱られたんか」などと太郎君の心情にまで立ち入って考えてしまい、結局正解できなかった人たちです。

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