« 体重⑤ | メイン | ブロッケン現象 »

2012年4月11日 (水)

マクドもあるど

「おまえはかしこいなあ」が皮肉であることがわからずに「ありがとう」と言ったり、「何遍言うたらわかるの」という修辞的疑問を単なる疑問と受け取って「三遍」と答えたりするのは論外ですが、ある表現をどう解釈するかというのは、個人差だけでなく時代や世の中の状況にも関係があるかもしれません。「アイラブユー」をどう訳すか、昔の人は悩んだようです。「死んでもいいわ」はわかりますが、「月がきれいですね」になると、なんじゃそりゃと思います。夏目漱石が訳したらしいのですが、そのころは「ラブ」にぴったりあてはまる日本語がなかったのでしょう。

「ふつう」がプラスの意味で使われるようになった、という指摘がありましたが、ことばというのは時代によって変わるものです。「女子」は女性全般に対しても使えるのでしょうが、「若い」という要素が底にあるように感じます。おばさんたちが集まって「女子会」というのはなんとなく違和感があるのですが、定着してしまいました。「やばい」はマイナスの意味をもつ「業界用語」だったのが、いつのまにかプラスの意味になり、おおっぴらに使えることばに「成長」しました。「まじ」は「真面目」の省略形でしょうが、本来の意味とは違う使い方をします。「かぶる」や「べた」や「まったり」なども、テレビで使われる場合には独特の意味を持っています。こういったことばは変化していく過渡期を知っているので、昔とちがうなあとわかるのですが、そうではないことばもあります。井上ひさしの小説を読んでいたら、「怒鳴る」は江戸中期にできたことばなので、大河ドラマ『伊達政宗』で「そんなに怒鳴るものではない」という台詞があったのはおかしい、と書かれていました。でも、今の私たちにとっては違和感はありません。それでも、『平清盛』で「目が悪うなって、だぶって見えるのじゃ」なんて台詞がもし出てきたら、「おいおい、『ダブル』は『W』やぞ」とツッコミを入れたくなるでしょう。低視聴率にあえいでいるようなので、そういう「今週のツッコミどころ」を毎回入れて当てた視聴者には豪華賞品プレゼントとかいうような視聴率盛り上げ策なんてのはどうでしょう。すでにやっているような気もするほど、「ツッコミどころ」は満載のようですが。それでも、去年の『江』のような脱力系コメディに比べると、東海テレビ制作の昼メロや昔の大映系テレビドラマのような、NHKらしからぬところが面白い。このあと破天荒な展開になっていってほしいなあ。『ちりとてちん』の脚本家らしく、弁慶は落語の『こぶ弁慶』にしたり、「鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官」なんて台詞を入れたりしてくれることを切に期待します。

話がそれました。意味が変化するだけでなく、新しいことばもどんどん生まれてきます。「見れる」などのいわゆる「ら抜きことば」はちょっと前までは頭の悪さを示すことばだったのが、今や「見られる」と言う人のほうが古くさく感じられるようになっています。「せこい」「ださい」なども、そんなに古いことばではなさそうです。まだ俗語の感じがしますが、やがては公的な場でも使われることばになるかもしれません。もちろん、すぐに廃れる「流行語」もあります。「ギャル」とか「フィーバー」とか「耳をダンボにする」とか、今どき使われると「どん引き」されそうです。「チョベリバ」のような、実はほとんど使われなかった「流行語」もありました。カタカナことばは「流行語」という感じがします。「××シンドローム」や「××ハラスメント」もだんだん使わなくなりそうです。「義理チョコ」なんてのは、そういう風習がなくなれば消えるでしょうし、「ケータイ」ということばも「携帯」とはまったくちがう意味を持つことばとして使われていますが、今や「スマホ」というものが出てきました。「ケータイ」もやがては使わなくなるのでしょうか。

ことばの命ははかないもので、定着するかと思った「ナウい」は消えました。もともとは「ナウな」という形で使われていました。この「な」は活用しないので連体詞だったのですね。活用させたいという気持ちが働いたのでしょうか、「ナウな」が消えて「ナウい」という形容詞になってからは相当長い間使われたのですが、見事に消えましたね。「ツイッター」で使う「~なう」は早々と消えましたが、こういう軽薄な感じのものは当然はかないものです。「真逆」ということばがあります。「まさか」としか読みようがないこのことばを「まぎゃく」と読んで「正反対」の意味で使う「バカ」がいるなと思っていたら、完全に定着してしまいました。映画の世界で使っていたことばらしく、タレントがテレビで使ったのを真似したところから始まったのでしょう。「目線」も同じ経緯で広まったようです。「やばい」や「鉄板」、「すべる」など、芸人やタレントが使うことばを「カッコイイ(死語?)」と思って若者が真似をし、それが広まっていくのですね。さすがに「真逆」は、年寄りは使わないようなので、今のところ若者ことばという段階ですが、おそらく定着するのではないでしょうか。

定着するかどうかの見極めは辞書編集者にとって大事なことだそうです。次に改訂するときには消えてしまいそうなことばを載せるわけにはいかないでしょう。「ブログ」は入れてもよさそうだが、「ニート」はどうだろう、と考えるのでしょうね。ところが、不思議なことにどう見ても死語としか思えないことばが載っていることもあります。「にこぽん」なんて使っている現場に出くわしたことはありません。「ニコヨン」は消えたみたいですが。死語の見極めも編集者にとって悩むところなのでしょう。辞書には載らないような「方言」はやはり消える運命にあるようです。大阪弁などは「強い」方言ですが、それでも「コテコテ」のことばはなくなっていきます。「わて」とか「おいでやす」なんて、だれも言わないでしょう。「どないでっか」「さっぱりわやや」「ちゃいまんねん」とか言う幼稚園児はいやです。それでも、聞けば意味はわかりますが、「いちびる」なんてひょっとして聞いたことがない人もいるのでは? ましてや「あかめつる」なんて、落語や田辺聖子の文章以外で出くわしたことはありません。「鶏肉」を「かしわ」と言うこともなくなりつつあります。でも、「きしょい」や「むずい」「めっちゃ」「むっちゃ」というような「新」大阪弁も生まれてきています。そう言えば「マクド」も新大阪弁でんな。

このブログについて

  • 希学園国語科講師によるブログです。
  • このブログの主な投稿者
    無題ドキュメント
    【名前】 西川 和人(国語科主管)
    【趣味】 なし

    【名前】 矢原 宏昭
    【趣味】 検討中

    【名前】 山下 正明
    【趣味】 読書

    【名前】 栗原 宣弘
    【趣味】 将棋

リンク