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2013年5月 8日 (水)

「注射」を隠し題にしたAKBの歌は何?

「怒られて口アングリー」みたいに英単語を日本語にこじつけたり、年号を語呂合わせでこじつけたりして覚えることがよくありますが、これにもうまい下手があるようです。「勉強したか? うん、勉強すたでー」とか「本がブックブックしずんだ」なんて論外です。「なんときれいな平城京」はよいとしても、「奈良の納豆」はだめでしょ。シェークスピアの生年没年を「人殺し(1564)の年に生まれていろいろ(1616)書いた」と覚えるのは乙。ルートの覚え方、「ひとよひとよにひとみごろ、ひとなみにおごれや、富士山麓おうむなく」もまあまあうまい。原子記号の覚え方として古典的な「水兵リーベ僕の船」はイマイチです。いくつかのバリエーションがあるようですが、どれも意味の上でかなり無理があるので、覚えるのに抵抗があります。これだけの個数を無理矢理並べるのだから、やむを得ないところもありますが。それに比べると、語呂合わせではありませんが、「いろは歌」はすごいですね。同じ字を二度使わずに、すべての文字を使え、という制約の中で、きちんと意味の通じる内容にしているところがすばらしい。これだけのものを作れるのは凡人では無理だというので、弘法大師が作ったということになっているのもむべなるかなです。ただ、こういうことば遊びをすると、なぜか、無常観のような、かなしい内容のものになることが多いのが不思議です。

「物名(もののな)」ということば遊びがあります。私のカラオケ・レパートリーとして『宗右衛門町ブルース』と並んで『自動車ショー歌』というのがあることは有名ですが、歌詞の中に車の名前が織り込まれています。「あの娘をペットにしたくってニッサンするのはパッカード」という感じで。これも格調高く言えば「物名」です。隠し題とも言って、歌の中にあることばを隠し込むんですね。古今和歌集では一つのジャンルとして、たくさん集められています。「秋近う野はなりにけり白露の置ける草葉も色変はりゆく」という歌には「桔梗の花」ということばが隠れています。ただし、「ききょう」ではなく「きちかうのはな」と読みます。「来べきほど時すぎぬれや待ちわびて鳴くなる声の人をとよむる」も、「ほととぎす」が隠れています。歌の意味も、ほととぎすの鳴き声が人々に愛されたということをふまえると、鳥の名をあてるヒントになっています。来るべきほどの時がすぎてしまったのだろうか、人々はその声が聞きたくて待っていたのだが、あきらめたころに鳴いた声のすばらしさで人がどよめいた、ということになります。

歌の意味とは関係なく、あることばをただどこかに隠し込むというだけのものもあります。「荒船の御社(あらふねのみやしろ)」を隠し込んだ「茎も葉もみな緑なる深芹(ふかぜり)は洗ふ根のみや白く見ゆらん」なんてのは傑作と言われとります。もっとことば遊びが徹底すると、国の名を十個入れる、なんてのも出てきます。「漕ぎ出でばいつ会はむ身の跡を遠み浪や真白に沖つ島々」は「 紀伊・出羽・伊豆・阿波・美濃・遠江・山城・隠岐・対馬・志摩」です。国の名と言っても旧国名です。こんな和歌にアルゼンチンとかアゼルバイジャンとかは出てきません。「世は憂きといとひ来し身の秋の友あはれ見交はせ山里の月」は「伯耆・肥後・美濃・安芸・能登・阿波・三河・佐渡・摂津・紀伊」で「摂津」は「津」と省略されています。この歌も、よく意味がわかりませんが、なんかかなしい。「逢ふて憂きは雲にかげろふ有明に風身にしみて帰るさの道」もかなしげです。虫の名が十個隠れています。「虻・蝶・蜘蛛・かげろう・蟻・蚊・蝉・蛙・紙魚(しみ)・蚤」です。蛙は「むしへん」で、虫あつかいですな。動物名なら「さとらねば憂しや憂と世をそむきてん人に如かざる身に生まれきつ」は「虎・子・牛・兎・をそ(かわうそ)・てん・鹿・猿・馬・きつね」で十個です。十二支の動物名だけを使うと、「馬逝ぬ日辻立つ憂しと雷雨峰」という五七五もあります。ちょっと苦しいのですが、「うまいぬひつじたつうしとらいうみね」なので「午・戌・未・辰・丑・寅・亥・卯・巳・子」の十個。なんと余分なことばは一切ありません。しかも、十二支の字の数はもともと二十一音で、五七五の十七音では四文字余ります。そこで、「酉」と「申」を「とりさる」ということで、取り去っているわけです。すごいっちゃ、すごいですなあ。

折句(おりく)というのもありますな。「唐衣きつつなれにし妻しあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」の各句の頭に「かきつばた」をばらばらにして入れていくというやつです。「をぐら山峰たちならし鳴く鹿の経にけむ秋を知る人ぞなき」には「おみなへし」が隠れています。今でも、たとえば前田という人を紹介して「まだ食べてるんか、ええかげんにせえよ、だめでしょが」とやりますな。谷川俊太郎レベルになるとさすがに、「あくびがでるわ/いやけがさすわ/しにたいくらい/てんでたいくつ/まぬけなあなた/すべってころべ」という、ちょっとおしゃれなのもあります。大河の『平清盛』でもありましたね。後白河が即位したときに、崇徳がおくった歌が、「あさぼらけ長き世をこへにほひたてくもゐに見ゆる敷島の君」で、一見即位を祝っているかのようですが、実は折句で「あなにくし」が隠れているのですね。ふつうは気がつかんはずですが、当時の貴族なら気づくのでしょうね。

「くつかぶり」は、漢字で書けば「沓冠」です。「くつ」と「かんむり」なので、頭だけでなく、各句の最後も拾っていきます。吉田兼好が友人の頓阿に「よもすずし/ねざめのかりほ/たまくらも/まそでの秋に/へだて無きかぜ」という歌をおくったところ、「よるもうし/ねたくわがせこ/はては来ず/なほざりにだに/しばしとひませ」という返事が来たという話があります。兼好の歌の各句の頭を拾うと「よねたまへ」、各句の終わりを最後から拾っていくと「ぜにもほし」、つまり「米たまへ、銭も欲し」となります。要するに、友達にものをねだっとるんです。それに対して、頓阿は「米はなし、銭すこし」という返事をしてきたというわけです。これはなかなかのものですな。テクニックもさることながら、兼好の歌が「暗号」になっていることを見抜いた頓阿もすごい。当時の和歌四天王(これ、いま変換したら「沸かし天皇」になっちまいました)の一人ですから、当然といえば当然かもしれません。MBS『ちちんぷいぷい』でないけど、「昔の人はえらかった」。

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