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2026年3月15日 (日)

べらぼう

はじめはゲテモノと思っていた食べ物でも、食べているうちに慣れてくるのは不思議です。一昔前、ご飯にマヨネーズをかけて食べる人を見て、みんなびっくりしていたのですが、今や普通です。あんバターというのもゲテモノ感がただよっていたのに、これも何の抵抗もありません。味噌煮込みうどんや味噌カツなんて、食欲旺盛な大阪人でもいやがるものでした。なんだか名古屋のものばかりなのが不思議。あんかけスパゲティでもすごいなあと思っていたら、名古屋には「甘口イチゴスパ」なるものを出す店もあるそうです。「名古屋めし」という言葉が存在するぐらいの独自の食文化です。

だいたい名古屋の位置づけ自体が微妙です。関東と関西のどちらなのかという大問題もありますし、愛知県自体が三河国と尾張国が合体したものです。東と西でちがう国なのですから、気風もちがうでしょう。おとなりの静岡県も駿河国と遠江国でちがう気質の土地です。当然、方言もちがいます。兵庫県にしても「兵庫五国」という言葉があります。摂津、播磨、但馬、丹波、淡路という、気候風土も歴史も文化も異なる五つの国が一つの県になっているのですから、「兵庫」とひとくくりにすること自体に無理があります。

関西弁や東北弁、九州弁という分け方も雑すぎますね。関西人から見たらあまり区別できない「東北弁」も、地元の人から見たらまったくちがっているのでしょう。関西弁にしても、大阪、京都、神戸で少しずつちがいます。「~ねん」と言ってるのなら大阪、「~してはる」「~やし」なら京都、「~しとぉ」「~しとん」なら神戸ですね。「来ない」は大阪では「けーへん」、京都では「きーひん」、神戸では「こーへん」だと言われましたが、今は区別しにくいかもしれません。一方、同じ大阪でも摂津、河内、和泉の三つの国があり、それらの言葉がミックスされていったのでしょう。大阪市内でも船場言葉という別格の「上品」な言葉も存在しました。

大阪弁で文末に登場する「やで」「やな」「やん」「やんな」「やんか」「やんけ」の微妙なちがいはネイティブでないとわからないかもしれません。このうち最後の「やんけ」は非常に「下品」な感じですが、今でもみんな使っているのでしょうか。「『やんけ』って、めっちゃきたない言葉やで」「知らんかった。やばいやんけ」みたいに。「やんけ」は「ではないかえ」「じゃないけ」「やないけ」「やんけ」というような変化をたどったのでしょう。語源から見て、相手に同意を求めたり、驚きや気づきを表したりするときに使う由緒正しい言葉だったのですが、下品さや荒々しさを感じさせるので、使いにくくなっているようです。

難解な方言として有名な鹿児島弁が消えかけているという話があります。どこの地方でも、共通語とちがう単語は若者の間ではだんだん使わなくなるでしょう。鹿児島ではそのちがいがあまりにも際立っているために、共通語化が他の地方以上に進んでいるようです。ただ、アクセントやイントネーションはなかなか変わりません。使う単語はほぼ共通語なのに、イントネーションは鹿児島弁ということです。インドのパンをナンと言いますが、「それは何ですか」と「それはナンですか」は共通語では区別できません。大阪弁では聞き分けられますね。「雲」と「蜘蛛」も同様です。大阪弁では明らかに区別して発音します。では芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は、どう発音するでしょう? 大阪人でも「雲の糸」のような発音になりますね。では『鼻』は? 実際にはあとに来る助詞によってアクセントが変化することもあるので一概には言えないし、「寿司」や「熊」のように少しずつ変わっている場合もあるので、なかなか難しいところです。

芥川の『鼻』というタイトルもなかなかインパクトがありまが、昔の作品はこういう漢字一字のタイトルが結構あります。今の小説の題名が長くなっているのは過去の作品との重複を避けるためでしょうか。最近、テレビドラマで『モンスター』というのがありました。百田尚樹の小説にも『モンスター』というのがあり、そのままのタイトルで映画化されました。ピンク・レディーの曲にも『モンスター』というのがあり、アルファベット表記なら嵐の曲にもありました。浦沢直樹の漫画もアルファベット表記で、同名のアニメにもなっています。単語レベルだと、どうしても重複してしまいます。

お笑いタレントの「宮川だいすけ」は「大輔」で、同じ吉本の「宮川大助」と同音です。大輔が後輩なので本来ならちがう名前にすべきでしょうが、本名でもあり、大助の了解も得ているようなのでかまわないのでしょう。ただ、事務所側としては他者とのやり取りを電話でするときなど確認が必要なので厄介と言えば厄介です。実際問題として、ちがうジャンルの場合は同姓同名でも区別がつきます。でも、創作物で名前をつける場合には実在の人物とかぶらないようにすべきです。最近のドラマで、悪人の名前が変わった名字になっていることがよくあります。実在の人に迷惑をかけないために、ありそうにない名前にしておくのでしょう。

ミステリ作家には「有栖川有栖」「御手洗潔」「清涼院流水」のような独特のベンネームを持ち、作中人物にも「九十九十九」「竜宮城之介」みたいな、「そんなやつおらんやろ」的なネーミングをしている人がいます。西尾維新の作品にも、いかにもなさそうな名前の人物が登場します。「病院坂黒猫」なんて名前はありえない。「赤青黄」は「あか」が名字で「あおき」が名前です。テレビドラマで新垣結衣が演じた「掟上今日子」は名字が普通なさそうなものになっていいます。一日で記憶を失う主人公が目覚めたとき、天井に「おまえは掟上今日子だ」と書かれた文字に気づくところから話がはじまるので、「掟上」は本名ではない可能性があります。だれかによって書かれたその文字は「置き手紙」と言えるので、それをもじったネーミングかもしれません。西尾維新はペンネーム自体がローマ字表記をした場合回文になっており、言葉遊びの好きな人です。こういうのは二葉亭四迷以来の伝統なんですね。いや、さらにさかのぼれば江戸時代の戯作者に行き着きます。「朱楽管江」は「あけらかんこう」、「智恵内子」は「ちえのないし」と読めば、駄洒落であることがわかります。

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