チンギスカン料理
「駅」という漢字が「うまへん」になっているのは、もともと旅人が馬を乗り替える場所だったからです。日本では宿場町を指す言葉として使われるようになり、鉄道のシステムが導入されて電車の停車場所を表すようになりましたが、今でも本来の意味を連想させる言葉があります。「駅伝」ですね。奈良時代以降、役人や使者が「駅」で馬を乗り継ぎ、リレー形式で命令や物資を運んでいました。この仕組みが「駅伝」です。また、鎌倉時代にはすでに飛脚があったようで、やはりリレー形式を採用しており、こういった伝達方法が、現代の駅伝競技のルーツになったのですね。
中国ではすでに春秋戦国時代に駅伝の制度ができていたようですが、それを発展させたのはモンゴル帝国です。もともと遊牧民族なので馬で移動するのが好きだったのでしょう。全国の道を整備し、宿駅を設置して交通の円滑化を図りました。この制度をジャムチと言います。情報伝達のスピードも上がり、商人にとっても長距離の交易に役立ちました。これがモンゴル帝国の繁栄の要因の一つだとも言われます。マルコ・ポーロなどもジャムチ制度を利用してやってきたのでしょう。
モンゴル帝国を築いたのはジンギスカンというのが常識だったのに、今は「チンギス・ハン」または「チンギス・カン」が正しいようです。「ハン」というのは遊牧民国家の君主の称号のようですが、二代目のオゴタイ以降、チンギス・ハン直系の子孫の皇帝は「ハーン」、それ以外の王族は「ハン」というように区別したらしい。これも昔は「ハン」も「ハーン」も同じだと言われていたのですが…。だいたい、「元」という国は中国なのかどうか。モンゴル帝国のうちの中国王朝部分を「元」と呼んだようですが、漢族の国でなかったことは明らかです。清も満州族だし、古くは遼とか金とかは異民族です。隋や唐、宋の皇帝も出自は漢族ではないと言われます。
オスマン帝国というのは長く続いた王朝として有名です。日本で言えば鎌倉時代ぐらいに建国され、なんと1922年まで続き、そのあと、今のトルコになります。明治になってエルトゥールル号遭難事件が起こったときはまだオスマン帝国だったのですね。イラン・イラク戦争の際に取り残された日本人をトルコが脱出させてくれたのは、そのときの恩返しだったとか。でも、日本人は中東に関心が薄く、歴史も含めて、くわしいことはみんな知らないようです。
トルコは漢字で書くと「土耳古」になります。「耳」を「ル」と詠むのは何か変ですが、中国語の発音だと「ル」に近い発音らしい、今のトランプ大統領も中国では「特朗普」と書くそうで、これも日本の漢字の発音とは少しちがうようです。中国の今の発音なら「トランプ」に近いのでしょう。もともと漢字の音読みは中国の音を真似したものなのに、長い歴史の中で、中国では発音が変わってきました。そうすると、お経も、日本ではほぼ古い時代にはいってきた発音のままであるのに対して、今の中国の発音で詠むと、相当ちがうものになります。
では漢詩はどうでしょう。唐の時代の詩を今の中国人が読めば、当時の発音とはちがっているはずです。当然、日本風の音読みで読んでも中国の人には通じないでしょうね。そもそも、日本では漢詩をいろいろ工夫した日本語風に読んでいました。「国破山河在」がお経の文句なら「コクハーサンガーザイ」と読むのでしょうが、これを「くにやぶれてさんがあり」と読めば日本語になります。こういう工夫が、日本人に中国の書物を理解させたのでしょう。武士の子どもが幼いうちから漢字ばかりの論語を読まされても「子いわく、学びてときにこれをならう、またよろこばしからずや」と読めば、なんとか意味はわかります。
もちろん、あまりに幼ければ日本語としてもなかなか理解しにくかったでしょうが、ひたすら素読をするだけで、だんだんと意味がわかってきます。古典の暗誦をさせられるのは子どもにしてみたら厄介ですが、じつは悪くありません。そのとき意味がわからなくても後にわかるものです。文語的な言い回しも同様です。「悠揚迫らざる態度」とか「巻措く能わず」とか、出くわしたときには意味不明でも、こういう表現もあるんだなと、とりあえず頭の中に入れておけば、次に出くわしたとき、「また出てきた」と思えます。その言葉の前後の文脈から、大体の意味の再確認もできるでしょう。
漢字についても、小学校で教える字とか学年配当などの制限がありますが、そういうものにかかわらず、どんどん先取りして覚えるべきですね。たくさん漢字を知っておくことは全然損になりません。「チミモウリョウ」でも「ピャンビャンメン」でも、書けないより書けるほうが楽しいでしょう。読み方もそうです。たとえば「強」の字は「キョウ・ゴウ」という音読み以外に「つよい・しいる」という訓読みがありますが、「したたか・あながち・つとめる」とも読めますし、「強い」と書いて「こわい」と読むこともできます。「強情」「かたい」の意味ですね。これを知っておけば、なぜ「おこわ」というか、「手ごわい」がなぜ強いことになるのかも理解できます。
反対の「弱」を使ったことばに「手弱女」というのがあります。かよわい女の人ということですね。素直に読めば「てよわめ」で、それが訛って「たおやめ」、それに対して「強い男」という意味は「ますらお」。「益荒男」と書きますが、こういうことばも、もはや死語かもしれません。「雄々しい」「女々しい」だって、今の時代、使いにくいことばになりました。「男らしい」「女らしい」も同様の運命をたどりそうです。
少し前の大河ドラマで、目が見えない人のことを「めしい」と言っていました。「差別用語」に敏感なNHKですが、その時代の背景も考えて、問題なしと判断したのでしょう。「座頭市」という映画があって、これも盲人が主人公でした。映画だったので、「差別用語」が飛び交っていましたが、今のテレビでは無理でしょうね。では、「バカ」「アホ」はなぜ許されるのかなあ。




