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2016年6月の2件の記事

2016年6月19日 (日)

赤パンダずるむけ考

※江戸時代の経世家・工藤平助の『赤蝦夷風説考』を意識した題ですが、内容的にはまったく無関係です。

私が十代の頃、藤原新也さんの『メメント・モリ』という写真集が話題になっていました。メメント・モリは〝死を想え〟という意味のラテン語で、中世ヨーロッパでペストが猛威をふるった頃に巷間に流布した言葉だとか(すいません、お得意のうろ覚えです)。

高校生だった僕は、勉強をさぼってその写真集をぼんやり眺めては、自分の死に場所をよく夢想しました。当時の僕が考えていた死に場所、それはずばり〝山奥の谷底〟です。もう少し文学的に粉飾した表現を用いれば、〝幾重にも遠い山の連なりの奥深くにひっそりと隠れた渓谷のふところ〟とでもなるでしょうか、どこが文学的やねんと言われれば返す言葉もありませんが。

だいたいどんないきさつによってそんな場所にひとりたどり着き、かつタイミング良くこの世に別れを告げることになるものやらさっぱりわからないわけですが、なんとなくロマンチックでええ、と思っていました。

さて、歳月は流れました。

最近、山登りをしていて(たとえば奥大日岳)ふとそのイメージがよみがえることがあります。雪の稜線をひとりで歩いているときに (うーん、今ここで足がつるっと滑って転落したり、見事雪庇を踏み抜いてしまったりした日にゃ、まさに山奥の谷底でひとりひっそり死ぬはめになるかもしれん。そういえば、「夢はいつも忘れた頃にかなう」なんて言葉もあったのう。……いやじゃあ!こんなところで死ぬのはいやじゃあ!) と、心の中で叫びながら、必死でアイゼンを蹴り込み、ピッケルを深々と突き刺したりしています。

あとで山小屋の人に、この時季の奥大日岳で死ぬ人なんていないよと言われましたが、 高い所が苦手な人間にとっては十分に怖いです。みんな高所恐怖症に理解がなさ過ぎるような気がします。何で高所恐怖症のくせに山登りしてるのかとか聞かれると困りますが。

でもね、でもね、かつて観覧車はおろか歩道橋も無理な繊細な人間だった僕に言わせれば、高いところが平気だなんて想像力の欠如以外の何ものでもありません! 高いところが怖くないなんて人は恥ずかしいと思っていただきたいです。(すみません、本気にしないでください。)

それはともかく紫外線の強いこの季節に雪の稜線をルンルン歩いていたせいで、顔が真っ赤っかになりました。おまけに体調がいまひとつ良くなくて全身がパンパンにむくんでいたので、キャンプ場のトイレの鏡に映してみたら、ものすごい顔になっていました。なんていうか、雪眼にならないようにサングラスはしていたので、その部分だけが赤くなく、赤いパンダみたいな。みなさんにお見せできないのが残念です。いや実は写真もあるのですが、正直見せたくありません。 さすがにこの顔で授業はできないなあ、まずいぜえ、と心配していましたが、なんとか休みあけの最初の授業までには、ひととおり厚い面の皮をはぎ、素知らぬ顔で授業に臨みました。すると、鋭い塾生君から鋭い質問が。

「先生、どうしてそんなに顔が赤いの?」

「そ、それは、久しぶりにみんなに会えて照れくさいからだよ」

「じゃあ先生、先生はどうしてそんなにムキムキなの?」※クールビズのため腕がムキ出し

「それはお前をしばくためじゃあ!」

その後順調に日焼けは赤から黒へと移り変わりました。スタンダールみたいですね。

え、スタンダールの『赤と黒』を読んでいない? ぜひ読んでください、韓流ドラマよりは面白いと思います。

スタンダール『赤と黒』『パルムの僧院』

バルザック 『谷間の百合』

フローベール『感情教育』

このあたりは問答無用でお勧め。あー、もちろん小学生には無理で~す。

2016年6月 5日 (日)

わしも歌手に、いや歌人に

かなり前ですが職場で『東大の現代文25カ年』という赤本をぱらぱらめくっていたら、隣にいたT見tr(神女コース担当)が、「あ、これ、神女で出た文章だ!」

そう、2012年度東京大学で出題された文章と同じ文章が今年神戸女学院の入試で出題されていたのです。すごいですよね、中学入試。

ちなみに出題されていたのは歌人で少し前に亡くなられた河野裕子さんの随筆です。この人の短歌が中学校の教科書に載ってるのを見たことがあります。

・たとえば君  ガサッと落ち葉すくうように私をさらって行ってはくれぬか

というやつです。書き写していてちょっと照れますね。でも、これって、真っ向勝負のストレートのようでいて、実はそうじゃない、内角高めから外角低めに落ちる高速スライダー(智仁~!※)みたいな趣もあります。「私」=「落ち葉」っていう重ね合わせはずいぶんな気がします。なぜ落ち葉なんでしょうか? 「ガサッと」「すくう」は乱暴な手つきというか無造作な振る舞い方というかそういう感じってことで片が付くんですけど、「落ち葉」が。なにか、自分のことを価値のないもののようにみなしたい気持ちでも働いていたのかしら、などと勘ぐってしまうわけです。 こんな年齢ですしこんな性格ですしこんな見た目なので、恋愛の歌について語るなどというのは相当照れくさい話で、今も書きながら恥ずかしさのあまり身もだえしているのでありますが、平安時代なんて、坊さんがしれっとして恋愛の歌詠んでたりするわけで、ここはひとつ大目に見ていただきましょう。

・終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて

・「キバ」「キバ」とふたり八重歯をむき出せば花降りかかる髪に背中に

 穂村弘さんの歌ですが、かわいいですよね。もしかすると恋愛歌じゃないかもしれません。そういう読み方もできると思いますが、まあでも、恋愛の歌と考えた方がしっくり来るかなあと。ひとつめの歌は、「ふたりは眠る」とあって、それを見ているわけですから、作者自身の恋愛ではなく、バスの中で目にした微笑ましいカップルの風景を歌にしたということかもしれません。ふたつめの歌は、友だちっぽいカップルでしょうか、みつはしちかこさんの『小さな恋のうた』を彷彿とさせます。

・限りなく音よ狂えと朝凪の光に音叉投げる七月

・秋になれば秋が好きよと爪先でしずかにト音記号を描く

といったあたりは、背景にもしかすると恋愛があるかもしれないけど、主題としては恋愛ではなく、あまり照れずにはいりこめる感じがします。どちらも音楽がらみですね。どうも音楽をやっている女性と恋愛関係にあったのかなと想像をたくましくさせます。いずれも、『シンジケート』という歌集に収録されているものです。この歌集はすごく評価が高くて、作家の高橋源一郎なんかは昔、「俵万智の『サラダ記念日』が300万部売れたのなら、穂村弘の『シンジケート』は3億部売れてもおかしくない」というような意味のことを書いていたぐらいです。『シンジケート』の冒頭には、12月から1月までを織り込んだ短歌が十二首載っていてどれも素晴らしいですね。

・停止中のエスカレーター降りるたび声たててふたり笑う一月

なんて絶妙じゃないですか。いや、これ確かに一月ですよね。「停止中のエスカレーター」を降りたり昇ったりしたことありますか。絶対に笑っちゃいますよ。すごく奇妙な気分になるので。

穂村弘でなくても良いですが、眠る前のひととき、一日の疲れを癒すには歌集。良いと思います。

短歌は何かの折にふと口にすることができるのがいいですよね。その点、詩はちょっと長いので、そういうわけにはなかなかいきません。詩の一節が口をついて出るということはありますが、一篇の詩をはじめから終わりまで口ずさむとなると、少しちがう心理状態かなあと思います。僕は詩が好きですが、はじめから終わりまで暗誦している詩は数篇しかありません。

でも、短歌にしろ詩にしろ、何かの折にふっと、なじみの一節が出てくるというのは良いものです。いま、朝日新聞の朝刊に、鷲田清一さんが(入試によく出る人)「折々のことば」という短章を連載されていますが、僕にも折にふれて思い出す言葉があります。いつまでも良い味のする飴玉みたいにずっと舌の上で転がしていたい言葉というのがあるものです。何かの拍子に思い出しては転がしていると、以前とはちがった味がする、そんなことばですね。

さて、こんな僕ですが、かつて一度だけ短歌を作ったことが……!  中学生のときに国語の宿題で作らされたのですが、今でもよく覚えています。恥を忍んで発表しましょう!

・短歌をばつくろつくろと思えどもなかなか出来ぬが短歌なりけり

名作だ!

※ 智仁・・・・・・伊藤智仁。ヤクルトスワローズのエースだった人。あまりにも激しく曲がり落ちる高速スライダーでばったばったと巨人のバッターを撫で斬りに。あの頃は良かった!

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