田吾作おじさん
時代劇で刀をぬく仕草も、さまにならないことがよくありますが、繁昌亭で見た桂吉坊の仕草がオッと思わせるものでした。もちろん落語の中なので座ったままですが、武士の威厳を感じさせる仕草で、こういうのはやはり代々伝わっていくのでしょうか。歌舞伎の世界ではさすがと思わせるものがあります。なにかの番組で改名する前の市川春猿がおやまの肩をすぼめる仕草をして見せていましたが、一瞬で女性の雰囲気が出て、なるほどという感じでした。時代物はそれらしくないと、やはり違和感がありますが、見ているほうも知識がないので、本当は正しいかどうかわかりません。実際はナンバ歩きをしていたからといって、芝居やテレビでそこまでやる必要もないでしょう。
いまや昭和の風俗さえわからなくなりつつあるようで、「しもしもー」なんて、ほんとにやってたのかなーと思います。平野のらは結構忠実にネタを発掘しているらしいのですが。「平野のら」という名前はときどきでくわすパターンですね。サンケイ新聞に「阿比留瑠比」という人がいますが、これは本名かなあ。「三又又三」というのは、…ちょっとちがいますね。昔「木の葉のこ」という人もいました。上から読んでも下から読んでも、というやつですね。回文としては「宇津井健氏の神経痛」とか「お菓子が好き好きスガシカオ」とかいうのもありますな。「スガシカオ」というのもカタカナで書いているだけに、どこで切るのやら。五字で一つの名前なのか。「スガ」が名字で「シカオ」が名前なのか。読むときのアクセントの置き方にも困ります。「米津玄師」もどう読むのか、わかりませんでした。「コメツ」か「ヨネツ」か、「ツ」は濁るのか、「ゲンシ」でよいのか、まさか「ゲンスイ」? それなら「帥」で、字がちがうし…。「one OK rock」も「卑怯」な読み方です。
ちょっと話題になった「AAA」なんて、卑怯です。「トリプル・エー」とは思いませんでした。昔ならこれはタバコの名前で「スリー・エー」と読みました。昔のタバコは「キャメル」とか「ゴールデン・バット」とか、食指をそそらない名前のものがありました。「金鵄」は「ゴールデン・バット」という外国語が使えなくなったために変えられたものだとか。神武天皇が長髄彦との戦いで持っていた弓に止まったと言われる金色のトビですね。どちらの名前にしても「今どき」ではないようですが、場合によっては古くさいものがおしゃれになることもあります。
江戸川乱歩は古くさいのに古びないのが不思議です。永遠の乱歩です。「D坂」なんて、タイトルからしておしゃれです。実名の「団子坂」ではだめだったかもしれません。乱歩のシリーズは春陽堂のリニューアルする前の春陽文庫で読むのがおしゃれです。春陽文庫では山手樹一郎や江崎俊平などの時代小説だけでなく、源氏鶏太や獅子文六のサラリーマン小説も出ていましたが、この手のものは時代がたつと中途半端に古くさくて、違和感ありまくりでした。そしてさらに時がたつと資料的価値さえ生まれて面白く感じます。映画でも「社長漫遊記」とか植木等演じる「平均(たいらひとし)」と名乗るサラリーマンが出るようなものは「レトロ」そのものです。「オールウェイズ」と言うより「古くさいから面白い」のですね。著名人の葬式でいつも泣きながらコメントをする側だった森繁久弥も死んで久しくなりましたが、この人が社長で、三木のり平が専務とか、よくあるパターンでした。森繁はNHKのアナウンサーから満映のスターになったのですね。満映は満州映画の略で、理事長はなんと甘粕正彦です。川中島の合戦で活躍した甘粕景持の子孫で、憲兵時代にいわゆる「甘粕事件」を起こしたあと、満州で甘粕機関を設立して、なぜか満映の理事長になるのですね。口添えをしたのが岸信介だったと言われています。
五味川純平がみずからの満州時代の体験をもとにした『人間の条件』が書かれたころには、それほど古い時代のことを扱っている感じはしなかったでしょうし、仲代達矢主演で映画化されたころでも、そんなに昔という意識はなかったはずです。最近では柳広司がこの時代を扱っていますが、戦後70年以上たてばもはや歴史ものです。『永遠のゼロ』や『メトロに乗って』も広い意味で歴史ものと言ってよいでしょう。友人が帝銀事件を扱った芝居を書きましたが、下山事件とか帝銀事件とか、もはや遠い時代の彼方です。松本清張が「日本の黒い霧」を書いたころなら、まだ関係者が生きていたでしょうが。なにしろ東京オリンピックが大河ドラマの素材になったのですからね。大河の主人公としては知名度が低かったこともあって失敗作になってしまいました。やはり有名人でないとだめなんですね。日本人が歴史上最も好きな人物を問われれば、どうしても信長・秀吉・龍馬あたりになります。
「小説家では」と問われると現役の作家なら答えが分かれますが、明治~昭和と限定すると、やはり一位は漱石でしょうか。では、その次は? このあたりはアンケートの取り方で変わりそうです。一名のみ答える形式なのか、十名連記なのか。鴎外は漱石と並び称せられるのですが、一名のみのアンケートでは弱そうです。紅露時代と呼ばれたころもあったのですが、いまや尾崎紅葉・幸田露伴ともに忘れられています。金色夜叉なんて橋本治の現代バージョンもあったのですがね。川端康成と横光利一も新感覚派の双璧だったのに、横光はもはやだれも知らない? 昭和は遠くなりにけり、です。
このことばのもとになった「降る雪や明治は遠くなりにけり」は中村草田男の句ですが、「や」「けり」の二つの切れ字が使われています。切れ字のところが感動の中心になるので二つの切れ字を使うと焦点がぼやけて、よくないとされています。ただ、俳句って、一見かかわりのなさそうな二つの題材を結びつけることがよくあるので、二つの切れ字があっても不思議ではありません。俳句のあとにくっつけると、どんな俳句もたちまち短歌に早変わりという七七の有名なことばもあります。「それにつけても金のほしさよ」ですな。「古池やかわず飛び込む水の音それにつけても金のほしさよ」「しずかさや岩にしみいる蝉の声それにつけても金のほしさよ」…オールマイティです。かなり以前、「それにつけてもおやつはカール」というCMがありましたが、これでもよさそうです。CMに出てくるカールおじさんがどう見てもそんなおしゃれな名前ではなく「田吾作おじさん」にしか見えないのが残念でした。