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2021年5月 2日 (日)

かったるい劇

仕掛人のような、いわゆる正義のヒーローとは対極の位置にいる人物を主人公にしたものをピカレスク・ロマンと言います。たとえば勝新太郎という人がやっていたのはまさにそういう感じです。この人の場合、きっかけになったのは『不知火検校』という作品です。もともと宇野信夫が中村勘三郎のために書いた歌舞伎芝居ですが、「検校」というのは盲人の役職の最高位で、のちの「座頭市」シリーズの先駆けと言ってよい作品でした。

アウトローを主人公とした作品では浅田次郎が有名です。「天切り松 闇がたり」のシリーズなどは言うまでもなく、うまい。留置場の中で、六尺四方にしか聞こえないという声音「闇がたり」で物語る「義賊」の話です。江戸っ子の語り口もさることながら、さりげなく登場する有名人たちが華やかで面白い。永井荷風や竹久夢二などは時代背景からもなるほどとうなずけるのですが、清水の小政まで出てきます。単純な勧善懲悪ものよりも、もっと大きな悪を懲らしめる、こういった悪漢小説のほうがわくわくします。

芝居でもこのジャンルは「白波物」とわざわざ名付けて確立されています。鼠小僧もこういう話からヒーローになっていったわけですし、『三人吉三』や『切られお富』、河内山と直侍の『天衣紛上野初花』などが有名ですが、なんといっても『白浪五人男』でしょう。大阪でやったとき、弁天小僧役の勘三郎の体調が良くなく、橋之助が代役になったのは残念でしたが、もう仁左衛門になっていた孝夫が日本駄右衛門をやったのは満足でした。「稲瀬川勢揃いの場」は、番傘を持った五人の男が順に名乗りをあげ、七五調の台詞を連ねて見得を切る、まさに歌舞伎の様式美の代表と言えます。『秘密戦隊ゴレンジャー』はこのパクリだとか。

映画でも泥棒や詐欺師を主役にしたものがよくあります。『黄金の七人』は、スイスの銀行の金庫にある大量の金の延べ棒を盗み出す話です。「教授」と呼ばれる男の指揮のもと、七人の男女がすばらしい「チームワーク」で見事成功させるのですが、さらにそのあと、その黄金を巡って、騙し合いの連続になっていく、というなかなかスリリングな展開で、『ルパン三世』にも影響を与えているという説も…。ジェフリー・アーチャーの『百万ドルをとり返せ!』にも教授が出てきますね。 詐欺で大金をだまし取られた教授たち四人の男が、それぞれの専門や技術を使ってだまし返して、百万ドルをとり返すという話です。

だましだまされて二転三転するストーリーのものをコンゲームと言います。『ミッション:インポッシブル』などもコンゲームですが、この「コン」は「コンフィデンスマン」つまり詐欺師のことです。そういう意味で忘れてはならないのが、映画『スティング』ですね。若い詐欺師が師匠とともにチンピラから大金を巻き上げるのですが、その金はもともとギャングの親分のものだったので、師匠は殺されてしまいます。若い詐欺師は伝説の詐欺師と出会い、ともに復讐しようとしますが…。細かい部分は忘れましたが、最後のどんでん返しが鮮やかで、だまされる快感を味わえます。演じていたのは若き日のロバート・レッドフォード、伝説の詐欺師はポール・ニューマンでした。

戦後の混乱の時代に、光クラブ事件というのがありました。東大生社長による金融犯罪として有名で、同じ時期を東大で過ごした三島由紀夫も『青の時代』という小説にしています。同じ事件に基づいた高木彬光の『白昼の死角』は経済ミステリーのさきがけとも言えるでしょう。映画では夏木勲が主演でした。主題歌は宇崎竜童の『裏切りの街』で、これもよかった。テレビで渡瀬恒彦主演でやったときも同じ主題歌でした。高木彬光の生み出した名探偵、神津恭介はもはや忘れられているかもしれません。『刺青殺人事件』のトリックは魅力的でした。ただ高木彬光は文章がいまいち。とくに台詞回しが芝居じみていて、今読むとつらいかも。

でも、この人はチャレンジ精神あふれる人で、『破戒裁判』は、ほぼ全部が法廷場面だけというものだし、『成吉思汗の秘密』や『邪馬台国の秘密』は安楽椅子探偵の日本での走りみたいなもので、「墨野隴人」のシリーズとなると完全に安楽椅子探偵です。これは「ホームズのライバルたち」の一人として登場した「隅の老人」のもじりで、この老人は本名も職業もわかりませんが、店の隅の席に座って、チーズケーキを食べながら迷宮入り事件の推理をするという「探偵」です。「墨野隴人」のシリーズの中でも『大東京四谷怪談』は怪談とミステリーの融合をねらったものでした。超自然的なオカルトと論理を重んじるミステリーは、本来相容れないはずですが、そこを強引に結びつけるという力技を見せる作品です。

同様にSFとミステリーも両立しにくいはずです。犯人が四次元空間を利用してしまうのでは、アリバイもなにもあったものではありません。でも、SF的状況のトリックをSF設定の中での論理によって謎解きすることにチャレンジしている作品は意外にたくさんあります。笑いとミステリーも、意外に相性がいいようです。三谷幸喜などはミステリーが大好きなようで、古畑任三郎のシリーズは言うまでもなく、クリスティの作品を日本に移して、野村萬斎主演のドラマも作っています。

同じ笑いでも、コントになるとミステリー仕立ては、理屈の部分をどう処理するかが問題になりそうです。合格祝賀会の劇で、推理ものをしたことがあります。謎はダイイング・メッセージにしました。被害者はうつぶせに倒れており、右手は不自然な形で自分の鼻のあたりに、左手には「きょうはくじょうがきた」と書かれた紙切れがにぎられていましたが、それらしき脅迫状は発見されませんでした。頭のあたりには「¥五十万 The End」と書かれた小切手が反対向きに落ちていました。さらに、アンパンマンの携帯のストラップがちぎれて転がっていた…というムチャクチャな設定ですが、やはりこのあたりは見ている子供たちには、かったるかったかもしれません

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