2018年11月11日 (日)

歯が痛いときの呪文

モーグルの上村選手も、オリンピック直前に不利になるようなルールに変更されましたし、バサロキックの鈴木大地も背泳ぎで優勝するとすぐに潜水の距離が制限されました。古くはバレーボールでも、ブロックの時のオーバーネットを反則としないというルール変更が行われました。身長の低い日本人はオーバーネットをすることは少ないので、外国人選手がブロックしやすくなっただけです。そこで、東洋の魔女と呼ばれた日本人女子チームはツーアタックとか時間差攻撃などを工夫していくのですが、またまたパワーに勝る外国人選手が有利になるようにルール変更。フィギュアスケートなんて、しょっちゅうルール変更があるようで、浅田真央も羽生結弦も泣かされているそうな。

こういったところは欧米人の傲慢さで、いまだに、白人である自分たちが、アジア・アフリカに負けるのは我慢ならないのだ…なんて吠えると、「いやいや、特定のチームや国ばかりが勝つと、ゲームがおもしろくなくなるからルールを変えるんですよ」と言われるかもしれません。日本人が勝手に被害妄想になっているだけで、欧米人が不利になるルール改正は見過ごしていることもないとは言えません。

野球の「四球宣告制度」というのはどうなのでしょうか。時間のロスをなくすという意味ではたしかに納得できるのですが、投手が投げている間バットを逆に持って抗議する人もいましたし、わざと三振することも可能です。強引に飛びついて打つこともできなくはないので、宣告するだけの場合とは結果が変わってくることもあります。ただ、相手が敬遠しようとしているのなら、それに逆らわないというのが暗黙のルールでしょう。国語のテストでも書き取りのときは楷書で書く、という暗黙のルールがあります。続け字で書いてペケにされ、これは草書だといっても認めてもらえません。

字の形には、篆書というのもありますね。これは今でも判子で使われる格調の高い古代の書体です。当然美しいのですが、複雑で、書きにくいのが難点でした。そこで篆書を崩して書きやすくした隷書という書体が生まれます。ここからさらに草書、行書、楷書の三つの書体が生まれるわけですが、隷書はちょっと横長で、波打つような左右のはらいが特徴的です。新しいところでは、勘亭流というのもあります。江戸歌舞伎の看板などに使われる字体で、肉太で丸みがあり、隙間なく書き、ハネる時は内側に入りこむような感じです。これは客を招き入れるという意味だそうな。よく似ていますが、寄席文字というのもあります。勘亭流に対して橘流とも言われます。橘右近という噺家が始めたもので、多くの客が集まるように字を詰まり気味に並べ、空席が少なくなるように隙間をできるだけなくし、さらに右肩上がりに書くという特徴があります。

「南無妙法蓮華経」という「お題目」は「法」以外の字の端の部分を長くひげのようにのばして書かれることがあります。髭題目とか跳ね題目と言い、「法」の光に照らされてすべてが生き生きと活動することを表しているとか。ひげ文字と言う人もいますが、日本酒などのラベルなどに使われている、筆のかすれた感じと画の最後に細かいついた「ひげ」がある字体も「ひげ文字」と呼ばれます。ドイツ文字も「ひげ文字」と呼ばれることがあります。「亀甲文字」とも言い、中世ヨーロッパで使われていた字体です。他の国では使わなくなりましたが、ドイツだけが長く使っていたので「ドイツ文字」と呼ばれます。アルファベットにも装飾的な文字で書かれているのをよく見ます。

そういえば、最近の手書きでは、筆記体は使わないようです。ブロック体だけなんですね。アメリカでもそうらしいし、日本の学校でも筆記体は教えなくなっているようです。リットルの表記も小文字の筆記体から大文字の「L」に変わりました。小文字のブロック体では数字の「1」とまぎらわしい、ということもあるのかもしれませんが。長いスパンで見ると、アルファベットそのものも時代によって、いろいろ変わっていくようです。「アルファベット」という名前さえ、ギリシャ文字の最初の二文字の「アルファ」「ベータ」から来ているわけですから。「W」なんて昔はなかった字らしいですね。「ダブルユー」と言うからには「ユー」を二つ並べたものだったのです。いやいや、「U」ではなく「V」だろうと思ってしまいますが、実は「U」と「V」の区別もなかったのですね。「W」はフランス語では「二つのV」という意味の発音になるのも、そういうあたりの事情と結びつきます。「ブルガリ」というブランドが「BVLGARI」と表記しているのは、わざと昔風に書いているのかもしれません。「I」と「J」の区別もなかったようで、「J」は「長いI」と呼ばれることもあったそうです。

アルファベットのRやNがロシア文字では左右ひっくり返った鏡文字になっているのはなぜでしょうね。ロシア文字ではなく、正確にはキリル文字というようですが。一説によると、あるロシア人がヨーロッパで手に入れた文字の資料を持って帰る途中、船が難破して資料が失われてしまい、結局記憶だけを頼りに再現したのがキリル文字だとか。たしかに、形だけでなく、他の文字と入れ替わっていることもあります。ソ連をキリル文字で書いたときの省略形が「СССР」でしたが、これは「シー・シー・シー・ピー」ではなくて 「エス・エス・エス・エル」と読むことになっていました。すごく違和感がありますが…。

「梵字」というのはなかなかかっこいいですね。武将の花押みたいな字です。もともとは古代インドのサンスクリット語を表記するための文字で、「梵天」がつくった文字ということで「梵字」と言います。梵天は帝釈天とセットになる仏法の守護神で、伊達政宗の幼名が梵天丸でした。大河ドラマの「梵天丸もかくありたい」という台詞が流行語になりました。梵字は空海が日本に持ってきたようで、真言でつかわれます。真言は、サンスクリット語でマントラと言います。仏の真実のことばということでしょうか。呪文的な感じのもので、原語の音のまま使います。長いものは陀羅尼と言いますが、短いものはたまに聞くことがあります。「アビラウンケンソワカ」というのは、時代劇の修験者が怨霊退散などでやるやつで、一説によると歯痛にも効くそうな。

2018年10月30日 (火)

基準はBMI数値

ランクの話の続きです。将棋のタイトルは八つあるそうですが、どれが一番強いのでしょうか。名人戦とか竜王戦とか棋聖戦とか…。もともと七つだったのが、コンピューターソフトの挑戦者を決めるトーナメントが加わって、八つ。たぶん、歴史やいわれがあって、なんとなくの優劣があるのでしょう。賞金もその順序にしたがってちがいがあるのかなあ。では、全部制覇したら、特別な称号がつくのか。まさか八冠王? 羽生さんはたしか全部とっていた時期があったはずです。そのころは七つだったけど、どれだけ強いかわかりません。ほかに引退後名乗れる「永世~」という称号もありますし、とにかくややこしい。

ボクシングも階級が細分化して、タイトルの数が増えました。子供のころ見ていたときには、ヘビー級、ライトヘビー級、ミドル級、ジュニアミドル級、ウェルター級、ジュニアウェルター級、ライト級、ジュニアライト級、フェザー級、バンタム級、フライ級ぐらいしかなかったのに、今はその倍ぐらいに増えています。1、2キロぐらいのちがいで分けるんですね。だから減量がなかなか厳しいものになります。チャンピオンが減量に失敗したら王座はく奪になるのですから、必死です。パンツをはかずに計量することも認められているそうです。パンツの重さなんて知れているのですが、そこまで追い込まれることもあるのでしょう。「あしたのジョー」で、ジョーが走っても汗が出なくなるほど水分をしぼって、さらにガムを噛んで唾を出そうとしても唾さえ出なくなります。最後には血を抜いてまでして何とか計量にパスしました。逆に減量に失敗してしまい、やけになって計量の日にコーラをラッパ飲みしていた選手もいたそうな。

ずいぶん過酷な話ですが、ほぼ同じ体重の者が闘うというのは合理的です。プロはパンチに自分の全体重をのせてくるわけですから。その点、相撲はやはり日本の国技で、「合理的」とはほど遠い。四つに組むような格闘技なのに100キロの差で闘うというのは理不尽です。ただ、それでも小兵が勝つことがあるのが醍醐味でしょう。相撲が階級制になることはなさそうです。やはり伝統を大事にしていくでしょう。土俵に女性をあげるかどうかは別にして…。

力士のしこ名は昔と比べてかなり変わってきたような気がします。「しこ名」はもともと「醜名」と書きました。「醜」は「みにくい」ではなく、「強い」「逞しい」の意味でしょう。やがて「四股をふむ」と結びついて「四股名」と書かれるようになりました。信長は相撲が好きで、「信長公記」にもそういう記述があって、相撲取りの名前も載っていますが、そのころの相撲取りは、本名かあだ名で相撲を取っていたようです。江戸時代になって、本格的にプロの力士が現れ、しこ名を用いるようになりました。強さ、勇ましさを感じさせるものから、優雅さを表す「花」「山」「川」「海」「花」などの字を使うものになっていきます。昭和のころまではそういうしこ名が多かったのですが、郷土意識が薄くなったことや自然破壊の影響で名勝地も荒廃が進んだせいか、自然と結びついた名前が消えていきました。学生相撲出身者が本名で取り続けることも多くなり、音読みだけのしこ名も目立つようになりました。相撲の世界にもキラキラネームの名前がじわじわ浸透してきています。

現役を引退して「年寄」になるときの名前は受け継がれていくので優雅なものが多くあります。百人一首からとってくるという、宝塚と同じことをやっていました。「高砂の尾上の桜咲きにけり」の「高砂」「尾上」、「田子ノ浦に打ち出でて見れば白妙の富士の高ねに」の「田子ノ浦」「富士ヶ根」、字はちがいますが、「ちはやぶる神代もきかず龍田川」の「立田川」。「片男波」とか「九重」なんかもそうですね。

百人一首も漫画や映画の「ちはやふる」で人気が復活したようです。思いがけないものが人気になることがあるもので、よもやカーリングが人気スポーツになるとは思いませんでした。トイレ掃除のおばちゃんがやっていることがスポーツと言えるか、などと悪口を言われていたものですが…。ちなみに希学園十三教室からほど近い淀川区の三津屋商店街では、やかんとカーリングの「コラボレーション」とも言うべき「ヤカ―リング」をやっており、毎年2回、世界選手権大会まで開催しています。カーリングがこんなに人気なのに、カバディはどうなった。インド発祥のスポーツで、ヒンズー教の聖典「マハーバーラタ」にも出てくる由緒あるものだそうですが、難点は、攻撃する側が「カバディカバディカバディ…」と連呼しつづけなければならないということです。しかも、「途中で息継ぎすることなしに、絶えることなく明瞭に」という厳しいルールが存在します…。

クリケットなんて日本ではほとんど知られていませんが、世界では意外に人気があるようです。野球の原型のようなスポーツで、競技人口はサッカーに次いで世界第2位とか3位とか言われます。まあ、イギリス発祥なので、イギリス連邦諸国では人気があるのでしょう。日本では野球の人気が高かったので、クリケットのはいりこむ余地がなかったようです。

西欧発祥のスポーツでむかつくのは、日本選手が活躍すると、その技が使えなくなったり不利になったりするように、すぐにルールを変更することです。突然「スキー板の長さは身長の何パーセント以内」と言われると、スキー板は長いほど有利なので、小柄な選手が多い日本人には不利になります。日本選手が減量をすることで対応しようとしたら、またもやルール変更。「BMI数値を基準とした長さ」になります。BMI数値とは、肥満度を示す数字ですな。メタボと呼ばれる根拠になるもので、歌って踊れる希学園「エルサイズ」講師軍団の人たちには忌み嫌われる数字です。この数字を基準にすると、やせすぎの選手は板を短くしなければならなくなりました。これを日本いじめと言わずして何と言うのか。

2018年10月 7日 (日)

ピンキリはどっちが上?

「けさきて、きょうよむものは」というなぞなぞでは、二つの意味がかけられていたのですが、昔のかなづかいだと「今日」は「けふ」、「経」は「きやう」と書き分けられます。ただし、実際には庶民の間ではいいかげんな書き方をしていたようです。落語の「鷺取り」のラストで、「これへとへすくふてやる」ということばが出てきます。梅田の有名なお寺に太融寺というのがあります。その近くに萩の円頓寺というお寺があって、昔は大きな池があったそうです。梅田というのは湿地帯だったところを埋めたから「埋田」、のちに字を改めて「梅田」になったのですね。このあたりに大きな池があってもふしぎではありません。

その池にいる鷺をとって金もうけしようとした男、いくらでもとれるものだから片っ端からとって、腰の周りいっぱいに鷺をくくりつけました。やがて夜明けになり、目を覚ました鷺たちがいっせいに羽ばたきはじめ、この男は沖天高く舞い上がります。そのうちに、目の前にまっすぐ立つ鉄の棒が見えたものだから、これ幸いとつかまりました。これがなんと四天王寺の五重の塔の九輪です。寺としても、放っとくわけにはいかんということで、大勢の坊さんが修行のために寝る大きな布団を持ち出して、そこに飛び降りさせようとします。それを男に知らせるためにたてたのぼりに「これへとへすくふてやる」と書いてある。「これへ飛べ救うてやる」ということですね。男は飛び降ります。ところが、布団の真ん中に猛烈な勢いでつっこんだので、布団の四隅を持っていた坊さんが頭をぶつけて、「一人助かって、四人死んじゃったとさ」という、ひどい落ちです。

さて問題は、この「すくふて」の部分です。「すくふ」はハ行四段活用で「は・ひ・ふ・ふ・へ・へ」と活用します。「て」につながると「すくひて」となります。現在の共通語ならこれが「すくって」と変化します。「っ」という音に変わることを「促音便」と言いますが、関西では「ウ音便」になります。「すくうて」ですね。でも、そういう文法的なことまで考えず、言い切りが「すくふ」なのだから「すくふて」でよいだろうと思って書くのでしょう。「シクラメンのかほり」も「かをり」が正しいのですが、なんとなく「かほり」のほうがイメージがいい。結構古い時代からまちがって書かれていたようです。人名に使われるのも「かほり」です。小椋桂が「シクラメンのかほり」と名付けたのは、奥さんの名前が「かほり」だったからということだったような気もします。眞鍋かをりというタレントはおそらく本名なのでしょうが、旧字体の「眞」も含めて、細かいところを大切にするご家庭のようです。

「ほ」と「を」と「お」は発音がちがうのに、結局あいまいになっていきました。長い年月がたてば変化していくのは当然です。現在日本語の母音はアイウエオの五つですが、上代は八母音だったという説があります。現在のアイウエオの五母音(甲類)のほかに、「イウエ」にはちょっと曖昧な発音をする別の音(乙類)があったというのです。そのころは漢字を使って日本語の音を書き表すしかなかったのですが、甲類と乙類とで厳密に漢字を使い分けていたとか。では、その音はどうちがうのか。たとえば「エ」という音の場合、「ai」がつまって「エ」になることがあります。「長息」が変化して「嘆き」という語が生まれたわけですが、このときの「エ」の音と、「ia」がつまって「エ」になったときとは発音がちがう、という説明だったと思います。「ia」がつまって「エ」になる場合の例は忘れてしまいましたが、今考えてもなかなか思いつきません。

かわりにくだらないことを思い出しました。焼酎にも甲類・乙類があります。甲類というのは、スーパーで売っている、いかにもアルコールという感じの安い焼酎で、乙類は芋焼酎とか麦焼酎のように、原料の個性が強く出たものです。「本格焼酎」というやつですね。両者はつくり方がまったくちがうようで、乙類が伝統的な製法であるのに対して、甲類は「新式焼酎」とも呼ばれていました。「甲乙」といっても等級ではなく、酒税上の違いで分けたのでしょう。「焼酎」は読み方も妙だし、何語なんでしょうね。やまとことばで呼んでいないということは、たとえば中国で「シャオチュウ」とかなんとか呼んでいたものが輸入されたのかもしれません。

日本酒は一級・二級と分けていました。これは品質による区分だったようで、さらに特級酒というのもありました。税率が違ってくるので、値段も変わってきます。そこで良心的メーカーはあえて良い品質のものを二級酒として売っていることもありました。酒飲みのおっさんたちの間では、有名どころの特級酒よりも名もないメーカーの二級酒のほうがうまいということばもよく聞かれました。結局分けることに意味がないというわけで、今は一級・二級という分類は廃止されています。かわりに大吟醸、純米大吟醸、吟醸、純米吟醸、本醸造、純米、どれがよいのかわかりにくい。漢字の数が多いほど高級、という印象がたぶん当たっていそうです。

「松竹梅」も「松」と「梅」でどちらがよいのかイメージしにくい。本来は優劣がなかったはずなのに、ランクを表すことばとして使われます。梅の花のほうが明るくて豪華な感じもするのですが、ふつうは「松」が特上、「竹」が上、「梅」が並になります。店で注文するときに「並」と言いにくいだろうという心配りなのでしょう。とはいうものの、みんながそれを知っているなら、やはり「梅」は注文しにくい。そのせいか、たまに順序を逆にしている店もあるようです。その点「金銀銅」ならわかりやすい。「ゴールド」と「プラチナ」と言われると、「ゴールド」になじみがあるせいか、なんとなく「ゴールド」のほうが上のように思ってしまいます。非常に売れた曲はゴールドレコードと呼ばれましたが、プラチナレコードというのはそれよりもさらに売れた曲でした。でも「黄金」と「白金」では、なんとなく「黄金」のほうが豪華な感じがするのは私だけでしょうか。「白金」は「白金カイロ」というものもあったので、なんとなく安っぽい感じがするのかもしれません。「白金」を盗んだ者は「ぷらちなやつ」と言われてしまうのですが…。

2018年9月24日 (月)

「だましぶね」って知ってる?

省略化して楽をしたいというのは人情で、「気持ち悪い」を「きもい」、「はずかしい」を「はずい」と言うのも、やむをえないところもあります。アルファベットの省略語もよく使われますが、その語が使われる「分野」「業界」によって意味が変わることがあります。医療現場で「ICU」と言えば「集中治療室」ですが、学校関係の話では「国際基督教大学」になります。もともとアルファベットの省略語は元のことばが想像できないので、省略語としては非常にレベルの低いものでしょう。欧米ではそうせざるをえないのでしょうが…。

動詞の活用も、楽をしたいという気持ちのせいで、昔九種類あったものが、今は五つになっています。五段、上一段、下一段、カ変、サ変、というやつですね。これも一時は三つになろうとしていました。カ変、サ変という例外がなくなれば楽になります。東京の一部で「来ない」を「きない」と発音する人がいました。「き・き・きる・きる・きれ・きろ・きよ」としてしまえば上一段になります。結局は定着しなかったようで、「くる」を「きる」にするには抵抗があったのでしょう。一方、音の平坦化は進行中です。これも単語の発音の強弱、高低をなくせば楽になるわけで、「彼氏」の「か」を強く発音せず「枯れ死」のように言う「ギャル(すっかり死語になりました)」がいました。「バイク」は完全に平坦化しています。「ネット」は両方ありますが「ネ」を強く発音すれば「網」、平坦化すると「インターネット」になります。NHKでも、後者は平坦な発音をしているのではないでしょうか。

「不自由」のイントネーションは、「不」を高く言うのか低く言うのか、どちらが正しいのでしょうか。前者かと思っていたら、最近後者を聞くことがよくあります。「寿司」は「高→低」か平坦かどちらでしょうか。平坦に言う人でも「お」がつくと変わりますね。このあたりはなかなかなおもしろい。「西郷どん」はどうでしょうか。「せ」を高く言うのが東京風でしょうが、「ご」を高くするのが鹿児島風のような。「どん」もふくめて、「壁ドン」や「カツ丼」と同じように言う人もいます。「そだねー」は北海道風なら「だ」が高いと思うと思っていたのですが、「そ」を高く言っていました。書いた場合には東京のことばと同じ形なのに、「だ」を高く言うと北海道方言になるような気がしていたのですがね。

その土地では常識だけど、全国的には通用しないことばが「方言」ですが、方言であることに気づかないで使っていることもあるようです。「スコップ」と「シャベル」のちがいも、東京と大阪では反対になります。大阪では「シャベル」のほうが大きいのですが、東京では逆だとか。上部が平らで足をかけられるのが「シャベル」、上部が曲線状で足をかけられないのが「スコップ」という分け方をする人もいるようです。「シャベル」は英語で、「スコップ」はオランダ語というだけのちがいなのですがね。「ショベルカー」から考えても、大阪の考えが正しい、と一応断定しておきましょう。

「浪速の葦は伊勢の浜荻」という古いことわざがあります。土地土地で言い方がちがうということですね。「長崎ばってん江戸べらぼう」というのもあります。さらに「神戸兵庫のなんぞいやついでに丹波のいも訛り」と続けることもあるようです。「江戸べらぼうに京どすえ」「大阪さかいに江戸べらぼう」という言い方もありますが、「べらぼう」というのは穀物をつぶすヘラの「へら棒」が語源で、「ごくつぶし」の意味で使われはじめた、と落語では説明します。「へら棒」では力が入らないので「べ」になった、言うのですね。「べらんめえ口調」の「べらんめえ」も「べらぼうめ」の訛りですが、今どき使う人はいないでしょう。

落語で、「おこわにかける」という落ちがあります。「居残り佐平次」という話ですが、このことばも今どき使いません。「一杯くわせる」とか「だます」という意味です。「おこわ」は、米を蒸したものを「強飯(こわいい)」と言ったことから来ています。水を加えて炊いた今のごはんは「弱飯」とか「姫飯」と言い、もともと「おかゆ」に分類されるものだったのですね。古くは「固粥」と言いました。赤飯もおこわに含まれ、場合によっては「おこわ」イコール赤飯になります。「おこわにかける」は、だまされて、「おおこわや、こわや」と言うところから「おこわにかける」になったとか。宮部みゆきの時代小説ではよく登場します。このことば、気に入ってるんでしょうね。でも、死語です。

大阪弁でも「赤目つる」なんて実際には聞いたことがありません。仲が悪くなることで、血走った目をつり上げていがみ合うということでしょう。「いちびる」は今でも使う人がいますが、「いぬ」とか「いのく」はほとんどいません。「帰れ」の意味で「いね」と言われたり、「そこ、いのくな」と言われてじっとしていたりしたものですが。「ゆうれん」「そうれん」も落語でしか聞いたことがありません。「幽霊」「葬礼」の訛りです。「動く」が「いごく」になるのも、若い人は使いません。「ゆがむ」も「いがむ」と言ったんですね。「まっすぐ死ねん病気で死んだ」「そら、なんやねん」「胃がんや。いがんで死んだ」という、しょうもない話がありますが、今でも通じるかどうか。

江戸落語でたまに聞く「嘘と坊主の頭はゆったことがねえ」というのは、今の時代やはり無理があります。「言う」と「結う」は、たしかにほぼ同じ発音でしょうが、「た」がつくと「言った」は「いった」です。昔は「ゆった」と発音したのでしょうが、今は字にひかれて「いった」になっています。「言う」は「ゆう」ではなく「いう」と書くのですね。仮名遣いにもいろいろと問題点があります。たとえば「キョー」と発音することばでも、昔は「きょう・きやう・けう・けふ」と書き分けていました。「けさきて、きょうよむものは」というなぞなぞは現代仮名遣いならよいのですが、歴史的仮名遣いでは成立しません。ちなみに、このなぞなぞには「朝刊」と「坊主」という二つの答えが用意されていて、相手の言った答えをつねに不正解にするという根性の悪いものです。「袈裟来て経よむ」と「今朝来て今日よむ」の二つがかけられているのですね。折り紙の「だましぶね」みたいなものです。

2018年8月31日 (金)

「ダチ」って?

一人で落語を聞いたら無反応な人でも、寄席で周りが大笑いしていたら、つられることがあります。映画館でも、みんなの笑いにつられて笑ってしまいます。他人の笑いや涙は、こちらの感情も増幅させてくれるのでしょうか。これと反対になりそうですが、新幹線の豚まんは迷惑だ、という話題がありました。食べている本人にはいい匂いでも、食べていない他人にはいやな匂いになる、というのは不思議と言えば不思議です。「王将」の匂いもそうですね。食べてきたのがまるわかりです。脂の匂い、ニンニクの匂いが他者には不快なのはなぜでしょうか。まさか自分が食っていないひがみではないでしょうが…。においの種類によるのかなあ。カレー屋の匂いにはそそられるのに、町角のラーメン屋の前を通りかかっても、よい匂いと思うことは意外に少ないようです。むしろ不快に感じる店もあります。コーヒーの香りは魅力的ですが、万人にとってもそうであるかは不明です。人によるちがいはあるでしょう。ガソリンの匂いを好む人もいますから。匂いも美醜と同じで、主観やそのときの状況によって、快・不快が変わるのかもしれません。

「イケメンゴリラ」というのがありますね。これは人間にも共通する美醜なのか、ゴリラにしてはイケメンなのか。どういう観点からのことばなのでしょうか。たぶん後者だとは思いますが、人間の中にはゴリラと甲乙つけがたい顔の人もいそうです。「大きなゾウ」という表現も、よく考えると、文脈によって二通りの意味が考えられます。「大きな動物であるゾウ」なのか「ゾウの中でもとくに大きなゾウ」なのか。「とくに大きな」と言っても、どれぐらいなら「大きい」のかはなかなか難しい問題です。トイプードルは一匹二匹と数えますが、ふつうのプードルなら一頭二頭と言いたくなります。大きさのちがいなのでしょうが、どこで線を引くのか。「作」と「造」のちがいも大きさによる、と授業では説明するのですが、どこで線を引くのか難しい。「庭をつくる」は、どっちを使えばよいのでしょう。ふつうは「造」です。「造園」ということばもありますね。ところが、いやなことに「作庭」ということばもあります。弱ったものです。

熟語の組み立てを教えるときに、A=B、A←→B、A→B、A←Bなどと簡略化して示すことがあるのですが、「創造」は「A=B」か「A→B」か、つまり「創」は「はじめて」「つくる」のどちらでしょうか。熟語そのものが「はじめてつくる」という意味なので、困ってしまうのです。「創始」であれば「A=B」になりそうですが…。「整地」と「耕地」も卑怯な問題です。上に動詞が来て、下に名詞が来る場合は、下の漢字に「に」や「を」を補って上にひっくり返って読む、という組み立てになるのがふつうです。たまに「売店」のように、「店を売る」ではなく、「売る店」になることもあります。「整地」は「地を整える」ですが、「耕地」はどうでしょう。「地を耕す」と考えるのが自然です。ところが熟語としての意味を考えると、「整地」は「地を整える」という意味で使い、「整地する」と言えますが、「耕地」は「耕地する」とは言えません。「耕した地」という意味で、「耕地面積」のような使い方をします。ということは、「整地」は「A←B」、「耕地」は「A→B」という構成になって、二つを区別しなければなりません。しかし、これは小学生にはなかなか厳しい問題ですね。じっさいに入試で出した学校もあります。

三字熟語の場合は、「松竹梅」のように三字バラバラのパターンもありますが、たいていの場合「一字+二字」または「二字+一字」のどちらかになります。「新幹線」は「新しい幹線」なので前者、「在来線」は「在来の路線」なので後者になります。では「愛読者」はどうでしょうか。「愛読」「読者」のどちらも二字熟語として使えますが、熟語の意味から考えて「読者を愛する」というのは変ですね。「美少女」を「美の少ない女」と考えるレベルのまちがいです。こういう切り方は意外に難しく、「一衣帯水」は「一・衣帯水」だし、「五里霧中」は「五里霧・中」です。「清少納言」は清原の一族の「清」と「少納言」という官職名の組み合わせですから、「清・少納言」のはずですが、そういう切り方をして発音する人はほとんどいません。みんな「清少・納言」です。漢字四文字の場合、「一・三」「三・一」とするより「二・二」にしたほうがリズムとして安定感があるのでしょうね。

外来語の省略語が四音から三音に変化しつつあるとよく言われます。「メルアド」から「メアド」のように。これはリズムなのか省力化なのか。リズム的には「メルアド」が言いやすい気がします。「メル・アド」のように、二音+二音が安定するのは、熟語の音読みの影響もありそうです。ただ、長年使っているうちに、陳腐化してきて、新鮮味を出したくなって三音にしようとするのかもしれません。「ミスタードーナツ」は「ミスドー」が本来の形でしょうが、長音を省きたくなるのでしょう、「ミスド」です。これは関西だけか。でも、「テレホンカード」なども「テレカー」ではなく「テレカ」なので、まあ「長音省略」はありそうです。撥音や拗音の省略というのもあります。「撥音」というのは「ん」、「促音」というのは「っ」ですね。「スマートホン」が「スマホン」にならずに「スマホ」、「ポテトチップ」は「ポテチッ」ではなく「ポテチ」です。たしかに「ポテチッ」では発音しにくい。「ブラッド・ピット」も当然「ブラピ」です。「コミケ」は「コミック・マーケット」が「コミケット」になって「コミケ」になったのでしょうか。「パワーポイント」が「パワポイ」にならずに「パワポ」になったのは、やはり言いやすさかもしれません。

ことばの前半・後半からそれぞれとってきて略語にするのではなく、最近は頭文字三字をとって省略するパターンも増えてきています。「エステ」とか「コーデ」とか「アクセ」とか。こう並べるとファッション関係ですね。「ガムテ」は前半・後半系か頭文字系か微妙。「あと5キロ」とか言うときの「キロ」は「グラム」「メートル」のどちらでしょうか。「ケータイ」と同じように、頭文字系は判断に迷うものがあり、略語としてはあまりかしこくないのですが、おしゃれに感じられるのかもしれません。頭文字系とは逆に語尾のみとってくる省略形もあります。「池袋」を「ブクロ」とやるパターンですね。「ダチ」とか「ゾク」とか、こちらはヤンキー関係に多いような。これも本来「ダチ」だけではよくわかりません。おそらく「友達」なんでしょうな。まさか「公達」? そんなわけないでしょう。

2018年8月15日 (水)

圓生は寝られる

途中で歌い出さないまでも、芝居独特の口調というのがあります。歌舞伎などの古典劇や、宝塚のようなやや「特殊」なものでなくても芝居口調というものが存在します。一昔前の小劇団はそれが顕著でした。野田秀樹の芝居など、セリフのことばそのものも現実から遊離したものですが、さらにそれを独特の「節回し」で語るものだから、「つくりもの感」が強すぎて抵抗がありました。三宅裕司のところはさすがにふつうのくだけた口調に近いものでしたが、やたら歌いたがるのがミュージカル志向で困ったものでした。とにかく舞台でやる芝居には独特の口調があり、冷静に聞くとおけつがこそばゆい。ジャルジャルのコントでもやっていました。ザッツライト。「ザッツライト」って、なんのことかわからないでしょうね。芝居を見に行き、影響を受けて帰ってきたやつらの会話です。「さあ、質問だ。腹が減ったときに食うものは?」「カルボナーラだ」「ザッツライト」みたいな。

外国ドラマの吹き替えもクセがすごい。これはなだぎ武がやってました。アニメの声優もくせのあるしゃべりをする人がいます。ただし、こっちの方は発声そのものも独特の「アニメ声」になっています。現実にこういう声で、こういう話し方をするやつがいたら、きらわれるでしょうな。逆にリアリティありすぎも、ひいてしまいそうです。いわゆる任侠映画がすたれたあと、「仁義なき」のシリーズが出てきましたが、台詞回しもリアルすぎました。「三匹の侍」にしても、東映時代劇の歌舞伎の延長上の殺陣をぶちこわして、斬ったときの音や血しぶきのリアルさを追求しました。そこに様式美はありません。

歌舞伎の殺陣なんて、次々に来る相手を左右に切り分けたり、触れもしないのにやられた方がきれいに一回転したりする、というようなばかばかしいものです。ばかばかしいけれど、「様式美」として認められてきたわけですね。今の時代には通用しにくくなっていますが。漢文口調というのも通じなくなっているようです。「柳生一族の陰謀」のオープニング・ナレーションで「裏柳生口伝にいわく、闘えば必ず勝つ、これ兵法の第一義なり。人としての情けを断ちて、神に会うては神を斬り、仏に会うては仏を斬り、しかる後に初めて極意を得ん。かくの如くに行く手を阻むもの、悪鬼羅刹の化身なりとも、あにおくれをとるべけんや」と言っていましたが、いまどき「あにせざるべけんや」なんて意味不明でしょう。ただし、韻をふんだラップは受け入れられています。七五調にしても消えていくかと思いきや、「たとえこの身がほろぶとも」のように、まだまだすたれていません。

時代がたって残るものもあれば消えゆくものもあるというのは当然ですが、落語でもよく出てくる「質屋」のシステムも知らない人が増えています。「質流れ」と言ってもわかってもらえません。質屋に借りたお金を返さないまま期限が切れて、所有権が質屋に移ることですね。「遊山船」という落語があります。大川に夕涼みに来た喜六、清八の二人連れが橋の上から大川を見ていると、碇の模様の浴衣を着た連中が派手に騒いでいる船が通りかかる。「さてもきれいな碇の模様」とほめると、そのうちの一人の女性が「風が吹いても流れんように」と答えます。「おまえとこの嫁さんは、あんな洒落たこと、よう言わんやろ」と言われて清八は長屋に帰り、嫁さんにきたない浴衣を着せて、行水のたらいの中に入ります。屋根にのぼった清八が、ほめようと思ったら、浴衣のあまりのきたなさに思わず「さてもきたない碇の模様」と言うと、嫁さんが「質に置いても流れんように」。

この意味、わかるかなあ。「三ヶ月たったら流れるもの、なあに」というなぞなぞがありました。そんなものにさらりと答えられるはずかしさ。「質屋蔵」という話は上方にも江戸にもあります。質屋の蔵にお化けが出るという噂が町内に流れ、質屋の旦那が番頭に蔵の見張りをさせようとします。こわがりの番頭は、出入りの職人の熊五郎に応援を頼みますが、この熊さんもじつはこわがりで、二人でブルブル震えながら見張りをしていると、蔵の中から櫓太鼓の音が聞こえます。羽織と帯を質入れした相撲取りの気が残ったのか、羽織と帯の精が相撲を取っているのです。そのあと、横町の藤原さんが質に入れた天神さまの掛け軸がスルスルと下がって開き、天神さまが現れます。「この家の番頭か、藤原方へ利上げせよと申し伝えよ。また流されそうじゃ」利上げというのは、流れる前に利息だけ払って質流れを防ぐことですが、この話も通用しなくなっているのかもしれません。菅原道真が流されたことぐらいは知っていると思うのですが…。

落語と歌舞伎は相性が悪くないようで、お互いに影響しあっています。「文七元結」のように、落語のネタが歌舞伎になったり、歌舞伎のパロディを落語が取り入れたり、「コラボ」しています。野村萬斎の「コラボ三番叟」は舞踊ですが、レーザーを取り入れたりしていますし、中村獅童と「初音ミク」の共演というのもありました。「ワンピース」が歌舞伎の題材になったり、能でマリーアントワネットをやったりしています。いわゆる「大衆演劇」はそういう意味での進化形かもしれません。

大衆演劇でよく言われるのが「ペーソス」というやつで、ホロリとさせる部分ですが、こういうのは本当に必要なのでしょうか。喜劇王チャップリンの映画には必ずこの「ペーソス」が盛り込まれていました。対照的なのがバスター・キートンで、この人はペーソス排除派ですね。北野たけしでさえペーソス好きです。浅草出身で、やむをえないところもありますが。

最近のマンザイは昔とかなり変わってきました。どこで笑うか予想が難しいものがあります。一つ一つ積み重ねていって、最後にドカーンというやり方では、今のお客にはまどろっこしすぎるのでしょう。細かいギャグをちりばめているのですが、話の流れと無関係になることもあるようです。もちろん、一行とか一文だけでも笑えるものがあります。筒井康隆の好きな「一匹狼の大群がやってきた」などはたしかにおもしろい。まあ、ツボにはまればなんでもおもしろくなるんですけどね。

寄席の順番で、だんだんあたたまっていって、最後のトリで大いに笑わせます。これを逆にして、ベテランが最初からガンガン笑いをとりにいって、客席をあたためておけば、トリは新人でもどっかんどっかんうけるかもしれません。周囲のお客の笑い声も「暖める」要素になりますから、その点スタジオ録音というのは難しい。お客の反応もわからないのですから、やりにくいでしょうね。圓生はたくさんの録音を残していますが、えらいですねぇ。ただし笑いのあるネタよりもじっくり語るネタが多かったようです。圓生全集を毎晩のように寝る前にかけ、聴きながら眠ったものです。圓生はよく寝られる。

2018年8月 4日 (土)

路上母子②

《ダイエーに行く親子》

岡本教室前、男の子はたぶん年中さんぐらいです。

母「さあ、ダイエーに行くよ」

子「何買うん?」

母「えーと・・・・・・」

子「あっ! ハンバーグ!?」

母「ゆうべ食べたやん!」

すみません、夏期中で余裕がないので今日はこれだけで。

2018年6月28日 (木)

言いたいことは歌うな

シリーズ物の落語というのがあります。上方落語の旅ネタでは東西南北の四つの方向へ行きます。南の旅は「紀州飛脚」というのがあるのですが、あまり演じられません。北の旅は「池田の猪買い」という人気ネタです。西の旅は明石、舞子、須磨へ行くもので、「兵庫船」というのがちょくちょく演じられます。番外編として「小倉船」というのもあるのですが、これは海底への旅です。米朝さんが「あまりおもろい話やない」と言いながら、たまにやっていました。天空への旅の「月宮殿星の都」とか、冥途の旅の「地獄八景亡者戯」という大ネタもあります。

人気があるのは東の旅です。始まりの部分は口慣らしの要素があって前座クラスがよくやります。上方落語は江戸とはちがって、見台というものを使うことがあります。もともと本をのせるためのものですが、上方落語では張扇や拍子木でたたいて、音を出すために使います。江戸の落語が座敷でやるものだったのに対して、上方落語のルーツは外でやる「辻噺」、要は大道芸ですから、派手な音を出して道行く人の足を止める必要があったらしいんですね。で、これをガチャガチャ鳴らしながら、「ようよう上がりました私が、初席一番叟でございます」と話し始めます。いまどき、いきなり聞かされても意味がよくわからない古くさい感じのところです。入門すると、このネタをまずやらされるらしい。大学の落語研究会いわゆるオチケンでも熱心にやるようで、この口ぶりのままふだんもしゃべり、いかにも落語家になったみたいな気になっている、「いたい」やつも昔はいました。

この前口上の部分はリズムだけで、とりたてて笑いがあるわけでもないのですが、喜六と清八が伊勢参りに出かけるという設定が見えてくるところから話が始まります。「東の旅」の正式名称は「伊勢参宮神乃賑」と言います。「いせさんぐうかみのにぎわい」という、歌舞伎の題名と同じく、漢字七文字で縁起をかついだものになっています。伊勢へ行く途中のエピソードが、いくつかのネタに分かれて演じられます。「煮売屋」「七度狐」などはよく演じられる話です。「七度狐」は合格祝賀会の講師劇のストーリーに組み込んだこともあります。「軽業」はややマイナーですが、意外に笑いの多い話です。「矢橋船」というのは、近江の矢橋から大津へ向かう船の中で平家伝来の名刀「小烏丸」を探す侍と出会うという話で、これもたまに演じられます。「宿屋町」というのは、大津に宿泊するときの、客引き女と二人のやり取りで笑いをとる話です。「こぶ弁慶」というのは、宿屋の壁土を食べる妙な男が登場します。ところが、壁の中に塗りこめられていた大津絵の武蔵坊弁慶にとりつかれて肩のところに弁慶の首が出てくるという、ハチャメチャな話ですが、結構おもしろい。最後の「三十石夢乃通路」は、京から大坂へ向かう三十石舟の様子を描いたもので、船頭が舟唄を聞かせる場面もはいってなかなか風情があります。森の石松が乗って「すし食いねぇ」と言うのも、この三十石舟だったのですが、これも最近はどれだけの人が知っているのやら。

枝雀の「東の旅」では前口上ぬきで、「さて、例によりまして喜六、清八という大坂の若いもん、だいぶ時候もようなったんで、ひとつお伊勢参りでもしよやないか…」みたいな語りで始まることが多かったようです。そのあと、「大坂離れて早や玉造」なんて言い出すのですが、つまりこれは玉造は大坂ではない、ということですね。江戸だって、もともと小さかった。品川など、東海道の最初の宿場ですし、新宿も内藤新宿で甲府街道の入り口です。まあ、浦安にあっても東京ディズニーランドですが…。大坂の範囲は、もともと北組、南組があって、そのあと北組から天満組が分かれて大坂三郷と言います。お城の西側一帯が北組、南組、お城の北側が天満組といったイメージでしょうか。本当に今の大阪の真ん中のあたりだけです。玉造は環状線の駅にありますが、すでに大坂ではなかった。

さて、どんどん東に向かってやってきた二人は、くらがり峠にさしかかります。昼なお暗い、という意味なのでしょうが、落語では、馬の鞍がひっくり返る、「鞍返り」がなまって「くらがり」になったと説明しています。それほど難所だったということですね。今西祐行『とうげのおおかみ』という絵本にも「くらがり峠」が出てきますが、ここが舞台のようです。この峠、今はどうなっているのでしょうか。奈良の国道は、狭さには定評がありますから、おそらく細道のままなのでしょうね。「東の旅」は米朝一門がよくやっていたネタですが、前口上からこのあたりまで吉朝がやっていたのが記憶に残っています。入門のときに米朝が聞いてその達者さに感心したということです。ものまねをしたり、狂言や文楽とコラボをしたり、器用な人でしたが、中島らも、松尾貴史といっしょに劇団で芝居もやっていました。祝賀会講師劇のねたで、中島らもの「こどもの一生」を下敷きにしたものを出したことがあります。なんとホラーなんですね。もちろん、こわいだけでは祝賀会にはふさわしくないので、結局はお笑いになっていましたが。

落語にもホラーが結構あります。三遊亭圓朝の話は笑える落語ではなく、怪談です。怪談をやるようになったのは、圓朝のあまりのうまさに師匠が嫉妬し、妨害されたことがきっかけだとか。圓朝がやるつもりでいた演目を、師匠に指示された他の者が先回りして演じるため、やむをえず自作の演目を出すようになったらしい。のちに、その口演を筆記した速記本が出版され、それが坪内逍遥に影響をあたえ、言文一致体が誕生していきます。圓生や歌丸も圓朝のやったものを忠実にやっているようです。上方では、米朝や露の五郎も怪談をとりあげることがありました。夏場は怪談が定番だったのですね。弟子たちが幽霊に扮したり、人魂を揺らしたりして、暗くした客席に現れ、女性客をキャーキャー言わせていました。でも、話そのものはたった一人で演じきるのだから、なかなか大変です。

一人語りといえば講談も怪談をとりあげます。語り口調が大げさでわざとらしいのですが、怪談には逆に合うかもしれません。最近は講談と同様、お目にかかりにくくなっているのが浪曲、浪花節です。じつはこれ、言ってみれば一人ミュージカルなんですね。タモリはミュージカルがきらいだと言っていました。たしかに会話の途中でいきなり立ち上がって歌い出されるのはいやですね。「マイフェアレデイ」のようなコミカルな要素のあるものならまだしも、シリアスな内容だと、急に歌われるというのは違和感ありまくりです。劇団四季の「ライオンキング」なんかははじめからミュージカルアニメだったので、許せるのですが。言いたいことがあったら、ふつうに言え。

2018年6月 3日 (日)

あたり前田の

ちょっと間があきましたが、前回の続き。「~め」だけでなく「~す」も鳥を表すのではないかという説があります。たしかに「かけす・からす」「うぐいす」というのもあります。ただ、「からす」の「から」が何を意味するかは難問です。「うぐいす」は魚の「うぐい」と何か関係があるのかもしれません。

花の名前に戻ると「菊」は皇室の紋章にも使われており、日本古来の花のようですが、「キク」は音読みだし、外来種なのでしょう。菊の紋章になったのは後鳥羽以降という説もあります。メソポタミアにも菊の紋章はあったようで、天皇家の祖先はそのあたりから来たのかもしれません。高天原はフェニキアにあった、とか。「ばら」はどうでしょう。「薔薇」と書いて「そうび」と読むので、「ばら」のほうは訓読みです。「茨」が「いばら」「うばら」と読むので、この「い」や「う」が落ちたものでしょう。

ヨーロッパでは、「ばら戦争」というのがありました。戦争の名前に優雅な花の名前を冠するのは妙な感じがしますが、これも家紋から来ているのですね。白バラと赤バラを家紋とするヨークシャー家とランカスター家の王位継承権をめぐる争いです。BBCの番組で、このあたりのことをやっていましたが、なかなかおもしろかった。イギリスの国王で、最もインパクトがあるのがリチャード三世でしょう。シェークスピアの描いたとおりの人物かどうかわかりませんが、佐々木蔵之介主演の舞台も最近ありました。なかなか「人気」のある人です。エドワード四世の弟であるリチャードは王になりたいという野心をもち、さまざまな策略をめぐらします。兄に謀反の濡れ衣を着せて牢獄にほうりこんだのを手始めに、何人もの貴族を処刑して、王位への足場をつくっていきます。エドワード四世の王子が幼いのをよいことに摂政となったリチャードは王子とその弟をロンドン塔に幽閉して、ついに王冠を手にします。そして、二人の王子、さらには自分の妻まで殺害するのですが、やがて自ら処刑した者たちの亡霊にさいなまれるようになります。最後にはリッチモンド公の軍勢に攻められ、無残な戦死をします。何年か前、リチャード三世の遺骨を調査した結果、かなり悲惨な死に方だったことがわかったと新聞に載っていました。遺骨が残っていたこと自体が驚きです。

西洋や中国ではこんなふうにクセの強い国王や皇帝がよく登場しますが、日本の天皇はやはり温厚でものしずかなイメージが強いですね。行動的と言えば、後醍醐と文武両道のスーパーマン後鳥羽ぐらいでしょうか。後鳥羽は新古今の実質上の編集者とも言われますし、盗賊をとらえるために指揮をとり、自分も斬り合ったとか。刀剣好きで、自らも鍛えて、菊の紋章を入れたりしています。それに比べると、後醍醐は小物感が漂うぐらいです。NHK大河「草燃える」で後鳥羽を演じたのは尾上辰之助でした。若くして亡くなりましたが、後白河法皇を演じた尾上松緑との親子共演だったと思います。「太平記」の片岡孝夫の後醍醐は髭がむさくるしくていやだったなあ。楠木正成を武田鉄矢が演じて、これはよかった。

明治天皇は嵐寛寿郎が演じたのが有名です。オファーがあったときに、「そらあきまへん。不敬罪です。右翼に殺されますわ」と断ったのに、新聞に「嵐寛寿郎、大感激」と書かれて出演せざるをえなくなったとか。昭和天皇はハマクラこと浜口庫之介という作曲家が演じたことがあります。これはたしかに顔が似ていました。天皇のそっくりさんなんて、戦前なら不敬罪です。この役ならこの人というのは、当たり役でもあるのですが、イメージを限定することにもなってしまいます。渥美清も「寅さん」から抜け出せずに苦しんだようです。

再放送の「相棒」を見ていると、今をときめくスターがチョイ役、犯人役で出ていることがあって、ちょっと驚くことがあります。売れる前だったら、そういう役もやむをえなかったのでしょうが、たとえば仲間由紀恵が「貞子」をやってた、なんて聞くと「黒歴史」かなと思ってしまいますが、主役は主役です。ドリフがビートルズの前座をやったことがあるというのは「白歴史」というのかなあ。売れない俳優だったのが世界的な演出家になったというケースもあります。蜷川幸雄ですな。

読売テレビに勤めていた友人が演出した芝居を一心寺のミニシアターで見たことがあります。この一心寺というのも変な寺ですね。劇場をもっているというのも変ですし、納められた遺骨10年分をひとまとめにして「骨仏」なるものを造ります。遺骨で造られる阿弥陀如来像ということですね。落語などの演芸にも理解があって、落語会を催したりもしていますし、話の中にも登場します。「天神山」という話では「へんちきの源助」なる男が「花見やなしに墓見をしよう」と言って訪れるのが、この一心寺です。小糸と書かれた石塔の前で酒盛りをし、帰るときに土からのぞいているしゃれこうべを持って帰ってしまいます。その夜、若い女がたずねて来ますが、もちろんそのしゃれこうべの主ですね。この小糸が押しかけ女房になる、というのが話の前半。

後半は、源助のとなりに住む「どうらんの安兵衛」が主人公になります。「幽霊の女房は金がかからんで、ええでぇ」と言われ、一心寺へ行くのですが、そう簡単に若い女性のしゃれこうべが転がっているはずもなく、向かいの安居の天神さんへ行くと、狐をつかまえている男に出会います。その狐を買い取って逃がしてやると、この狐が若い女性の姿になって押しかけ女房になります。男の子が産まれて三年後、狐の正体がバレて、「恋しくばたずね来てみよ南なる天神山の森の中まで」という歌を障子に書き残して去って行きます。枝雀は「落ちなし」で終わりますが、狐になりきって、筆を口にくわえたりして「曲書き」をして終わる演じ方をする人もいました。この歌はもともと「恋しくばたずね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」でした。浄瑠璃「蘆屋道満大内鑑」、「あしやどうまんおおうちかがみ」と読みます。「葛の葉」は、和泉国信太、これは「しのだ」ですね、信太の森の女狐です。助けてくれた安倍保名と結ばれて、生まれた子供がつまり安倍晴明、という話のパロディが「天神山」です。きつねうどんや稲荷寿司を「しのだ」と呼ぶことがあるのも、これが元になっています。ちなみに、泉州信太出身の有名人といえば、あんかけの時次郎です。知りませんか。「てなもんや三度笠」の主人公で、藤田まことの出世作ですが…。この名前も、長谷川伸の戯曲「沓掛(くつかけ)時次郎」のパロディですね。柳家金語楼が西郷隆盛の役で出ていましたから、時代設定は幕末だったんですね。冒頭で藤田まことの決めゼリフ「オレがこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」をたまに合格祝賀会でも使うのですが、だれも知らんのやろなぁ。古すぎてだれも知らんのも、あたり前田のクラッカー。

2018年5月13日 (日)

路上における母子のバトルについて

岡本教室の真ん前にケルンというパン屋さんがあります。以前、大学生ぐらいの女の子が二人、「ここにもパン屋あるんや~」「コルン?」とか言いながら通り過ぎていったパン屋です。多くのパン屋がそうであるように、このパン屋も、並べてあるおいしそうなパンが外から見えるようになっているわけですが、さらに、ショーウィンドウの、パンを置くには低すぎるであろう高さに、おいしそうな菓子パンの写真が貼ってあります。菓子パンというのがミソです。すなわち、その高さは、幼児の目の高さなのです。かくて当然のごとく、そこを通りかかった母子連れのあいだでバトルが勃発することになるわけです。

「なに、パン買ってほしいの? ほなら入ろか」

という幸せな展開になることも結構ありますが(さすが岡本です、十三の商店街ならそうはいきません)、お母さんにも都合や予定や機嫌というものがあり、そうそう子どもの言うことばかりきくわけにもいかなかったりします。子どもがおとなしければあきらめてお母さんに手を引かれてとぼとぼ歩いていき一件落着とあいなるわけですが、子どもにも都合や予定や機嫌というものがあり、そうそうお母さんの言うことばかりきくわけにはいきません。私は毎週火曜日の16時半から17時過ぎまで岡本教室の前に立っているのでよく見かけるのですが、あまりにもパンが食べたいせいか、お母さんに対して含むところがあるのか、座り込んでしまう子どもを見かけることがあります。お母さんはぷち切れ状態になったり困り果てたりしていて大変そうですが、見ていて飽きません。

つい先日は、これも岡本ですが、幼稚園ぐらいの男の子が、かなりぐだぐだな状態でお母さんに手を引かれて歩いていて、よほどしんどかったのか、「タクシー」と力なくつぶやいていました。お母さんはにこりともせず「乗るわけないでしょ」と冷静に対処していらっしゃいましたが、いやー、いいですね。

最近最も秀逸だったのは、自転車に乗った母子連れ(男の子はおそらく年長さん)です。

「なあ、スシロー行こー」(確かにすぐ近くにスシローがありました。)

「行けへんて」

「何で」

「だって家にご飯あるもん」

「スシロー行ってガチャガチャしたい」

「お金ないわ」

「・・・・・・全然ないん? 十円も?」

「五百円しかないわ」

「・・・・・・。何で五百円あるのに、お金ないって言うたん?」

「五百円しかないねん」

「お金ないって言うたやん」

「むだづかいするお金はないねん」

「でもお金ないって言うたやん」

淡々と鋭くつっこむ息子と、これまた淡々と返答するお母さんに感心しました。

公園でもよくやってますよね、早く帰りたいお母さんと、まだまだ遊びたい息子のバトル。お母さんが「もう帰るで」と言ってるのに、男の子は聞こえないふりをしてる、みたいな。ああいうのも見てるとかわいいなあと思います。

しかし、困ったケースもあります(正確にはバトルではないのですが)。ずっと昔の話ですが、宿プリのコメント欄に、毎回、「うちの娘は国語ができません」と書き続けるお母様がいらっしゃいました。いや、そんなことありませんよ、と返答しても効き目なしで、このままでは子どもが暗示にかかってしまうんじゃないかと思って、学サポの時間(当時は自習時間と呼んでいました)に本人を呼び、「こんなこと書いてあるけど、先生はきみは国語できると思うで」「お母さんは心配性なんやな、だいじょうぶだいじょうぶ」とくり返し説き聞かせていました。なんだか、安倍晴明と蘆屋道満の呪術対決のようでした。もちろん第一志望校に合格なさいました。

これはバトルではありませんが、昨年谷九教室で出迎えに立ってると、まだ足取りのおぼつかない男の子がお母さんに連れられてよく来てました。僕が「こんにちは」というと、立ち止まり、腰をかがめて「にゃっ」と言ってくれるのです。毎週その子に会うのが楽しみでした。あの子もお母さんとバトルを繰り広げるようになるのかしら。ちょっと見てみたいような。

今日は母の日でした。小学生のとき、「カーネーション買ってくるからお金ちょうだい」と母親に言って顰蹙を買ったことを思い出します。それはともかく、日々息子や娘とバトルを繰り広げている世のお母さんたちに、一刻も早く平穏と安息の日々が訪れることを祈りたいと思います。

あ、そういえば忘れていました。今月下旬から7月にかけて、「中学入試で求められる思考力を低学年で鍛える秘訣」という、土曜サスペンス劇場なみに長いタイトルの講演会をします。しゃべるのは、副学園長と私です。ぜひぜひお誘い合わせのうえお越しください。

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