あずきじま
「バカ」とか「アホ」は相手をののしるためのことば「罵倒語」として使われますが、やはりどこかに「差別」を含むものが多いようです。「ロシア」の当て字として「露西亜」と書きます。昔は「魯西亜」と書きました。ところが、ロシア人に漢字がわかる者がいて、「魯」は「魯鈍」などで使って「おろか」という意味を持つことばなのでやめてほしいと言われて「露」に変わったそうです。今は名前が変更されましたが、昔は「日魯漁業」という会社もありましたし、「魯迅」も「愚かにして迅速」という意味のペンネームだそうですが、「魯」はもともと母親の姓でもあったようです。こんな名字はいやだなあ。
中国でトランプ大統領を「特朗普」と表記するのは発音に似た字を選んだそうで、プーチンも「普京」と書くそうですが、「ウラジミール」のほうにも何らかの漢字をあてるのでしょうか。ところで、カタカナ表記をする場合、「ウラジミール」なのか「ウラジーミル」なのかという問題があります。これはどちらが正しいというものではなく、外国人の名前であり、本来カタカナの発音に対応しているわけではありません。どちらにしてもカタカナ表記そのものに無理があるのですね。「ギョエテとはおれのことかとゲーテ言い」という川柳もあります。「ゲョエテ・ギョーツ・グーテ・ヴィテー」などなど、翻訳者や引用者によって違いがあり、数十種類もあったとか。
「ディノニクス」という恐竜がいます。もとのつづりから見ると、「デイノニクス」という発音になるため、「ディノニクス」は誤りだと言う人もいますが、「ティラノサウルス」というのがいるだけに引っ張られてしまいます。語源となった「タイラント」は「暴君」の意味なので、「タイラノサウルス」と書く人もいたようです。有名な野球選手に「タイ・カップ」という人がいます。3割6分の通算打率を誇り、野球殿堂入り第1号の超有名選手です。スペルは「Ty Cobb」なので、「タイ」とは発音しにくい。「Tyrus」は「タイラス」、その略なら確かに「タイ」ですが…。それよりも、じつは「Cobb」も問題です。つづりから見れば「カッブ」ですね。日本人の耳には「カップ」と聞こえたのでしょうか。
このあたり、かなりいいかげんです。「ギブス」なのか「ギプス」なのか、バ行とパ行はあいまいです。濁るか濁らないかもいいかげんです。「アボガド」なのか「アボカド」なのか。最近はあまり使わなくなったことばですが、「グロッキー」ではなく「グロッギー」が正しいと言う人もいます。つづりから言えばそうですね。かつては「ベッド」を「ベット」と言ったり、「バッジ」を「パッチ」と言う人もいました。「ハンドバッグ」にしても「ハンドバック」、「ドッジボール」を「ドッチボール」と言う人は結構いました。「ッ」のあと濁るのは、昔の人は不得手だったようです。「ホットドック」と言う人もいましたが、いまは当然濁ります。「ドッグ」であるのは「犬」なんですね。ドイツ系移民の持ってきたフランクフルトをはさんだものをアメリカの野球場で売っているのを紹介した記事で、「ダックスフント」に似ていると書こうとしてつづりがわからず、「ホットドッグ」と誤魔化したのだ、と「チコちゃんに叱られる」で言っていました。…諸説あります。「人間ドック」は、船の修理点検をする「ドック」から来ているので濁りません。「人間犬」では意味不明です。
外来語というのは、外国語を取り入れて日本語にしてしまったものですから、濁るか濁らないかでどっちが正しいとも言えないでしょう。漢字の読み方でさえ、「なまって」いることもあります。「般若心経」の振り仮名な付きのテキストを見ていると「観自在菩薩行」のところに「ぼさぎょう」と振ってるものがあります。「さつ」が「さっ」になり、「さ」になったのでしょう。でも、意味が通じれば十分なんですね。浄土真宗でよく唱える「南無阿弥陀仏」も「なもあみだんぶ」と振り仮名が付いてついています。「南無」は古代インド語の「ナム」に漢字をあてたもので、本来の発音は「ナモ」にも近いものだったようです。よく聞く「ナマステ」も語源的には関係があります。したがって「なも」となっても構いませんが、「陀仏」の部分が「だんぶ」というのは…。実際にはもっとなまって「ナンマイダー」と、マイナンバーのように言うことさえあります。
発音はいいかげんでも通じればよいのだから「ホッタイモイジクルナ」は当然OKです。「new」の発音は「ニュー」だと習いますが、アメリカ英語だと「ヌー」です。でも、「ニューヨーク」は「ヌーヨーク」とは書きません。だいたい日本人はrとlの区別がありません。都知事にも立候補して話題になった石丸伸二が少し前、「ONE OK ROCK」という日本人ロックバンドを推していました。スタジオの料金が安くなる午前一時(one o'clock)に練習を始めていたことを「一つのよいロック」にかけて「ONE OK ROCK」と命名したので、読み方は「ロンオクロック」略して「ワンオク」です。ところが、アメリカ人などは「ワン・オーケイ・ロック}と呼んでいます。rとlの違いから、この駄洒落が通じないのでしょう。ということは、本人たちは意識していたかどうかわかりませんが、日本のバンドであることをさりげなくアピールする命名だとも言えます。
ひょっとして日本人は、ラ行の音のあることばはあまり好きではなかったのかもしれません。少なくともラ行で始まるやまとことばはないようです。だから尻取りで困るんですね。「みゅ」という音を含むやまとことばもないようです。金田一春彦は「大豆生田」という名字ぐらいではないかと言っていました。『大豆田とわ子と三人の元夫』というドラマがありましたが、これは「おおまめだ」です。「大豆生田」は「おおまめうだ」と読むこともあるようですが、そこから「おおまみゅうだ」になりました。金田一春彦は、小学校で「みゃ・みゅ・みょ」と大声で発音させているのは、この家族の名前を正しく発音するための練習だと言って笑わせていました。ふつうはどうしても、「大豆」で切りたくなって「だいずなまた」と読んでしまいそうです。「大豆」はたしかに「だいず」ですが、小豆は「しょうず」と言いません「あずき」ですね。ただし、和菓子作りなどの専門家は一種の専門用語として「しょうず」と言うこともあります。「小豆島」は「しょうずしま」のなまりでしょうか。




