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2018年4月 9日 (月)

『かくも長き不在』がかくも長き間DVD化されていなかった件

何年も前の話ですが、ある日のこと、昼間からごろごろしていた私は「いつまでもこんなことではいかん!」と一念発起し、力強く立ち上がるやいなや見ていたテレビを消そうとしたわけですが、ついつい念のため他におもしろい番組はやっていないかとチャンネルをかえてみたところ、古い白黒映画が放映されていました。「なんだこんなのつまらん!」と叫び、すぐにもテレビを消そうとした私ですが、ついつい念のため「まあちょっと待て、もう少しようすを見てみよう」と落ち着きを取り戻してしばらく見ていたら、いつのまにか最後までそのまま、すなわちリモコンを手にして突っ立ったまま、その映画を見続けてしまっていました。

という、私にとって伝説的なその名画こそ、何を隠そう、アンリ・コルピ監督の『かくも長き不在』です。良い映画は5秒見ればわかる、という私の信念はこのときに生まれました。ちなみに、私がいちばん好きな映画はフレディ・ムーラー監督の『山の焚火』で、そこまで好きなわけではないけれど、あまりにも衝撃的だったラスト・シーンの衝撃が味わいたいばかりに、くり返し見てしまい、気がつけば最も見た回数が多い映画はアラン・パーカー監督の『バーディ』なわけですが、『かくも長き不在』はもう一度見たいと激しく渇望していたにもかかわらず、残念ながらどうしても見ることができませんでした。なぜかというと、この映画がDVD化されていなかったからです。しかたないですね、そもそもヨーロッパ映画自体、いまどきなかなかお目にかかれないですもんね。僕がナウなヤングだったころは、けっこうヨーロッパ映画もかかっていたんですが(シネ・ヴィヴァン六本木とかあったころです、僕はここでタヴィアーニ兄弟の『カオス=シチリア物語』を見ました)、その後どんどんそういうのは流行らなくなってしまいました。

さて、その『かくも長き不在』ですが、このたびめでたくブルーレイが発売されました。デジタル・リマスター版とかなんとかそういうやつです。早速「南米の巨大な川」で購入しました。

どのような映画か、あえてブルーレイを観る前に、ここに書き出してみましょう。私の記憶にまちがいがなければ(たぶんあるんですが)、主人公はもう若いとはいえない女の人です。なんか、お店を一人で切り盛りしています。ある日、この女の人が、戦争に行ったきり帰ってこなかった夫にそっくりの人を見かけます。その男の人は川沿いの小屋に暮らしていて、雑誌の切り抜きを集めている、ちょっと独特の雰囲気を持った人です。

と、ここまで書いたところで不安にかられ、つい見てしまいました。たまたま家人がだれもいないという絶好の機会が訪れたので、部屋を真っ暗にしておいしいコーヒーを淹れ、じっくり鑑賞いたしました。うーむ、やはりまちがってました。女性の夫は戦争に行ったのではなくゲシュタポに連れて行かれたのでした。いや、なんせ前に見たときは途中からだったので、情報が欠落しているのも無理からぬところです。ちなみに女性のお店はお酒なんかも出すカフェでした。BSの『世界入りにくい居酒屋』に出てきそうな。とはいえ料理を出す場面はなかったかな。女の人ひとりではなく、若い女の子もちゃんとやとっていました。

さて、問題は、そのホームレスの男の人が、ほんとうに彼女の夫かどうかわからないというところにあります。夫が連れて行かれたのは16年も前のことで、男は後頭部に無残な傷跡があり記憶を失っています。主人公の女は彼が夫であると確信するのですが、念のため彼の親類の老女を呼んで彼に会わせると、老女は「ちがうと思う」と言います。とはいえ老女にもはっきりした自信はありません。

まあこれ以上はネタバレになってしまうので割愛しますが、こんなに静かで淡々として、それでいて痛ましい映画にはなかなかお目にかかれない気がします。泣いて発散することもできない、黙り込んでしまうしかないような痛ましさです。でも、いい映画を見ると元気になりますね。悲惨な出来事をこれでもかと積み重ねたような露悪的な映画や小説、あるいはマンガは疲れるだけですが、質の良い哀しみは鑑賞者を元気にしてくれます。音楽なんか典型的にそうではないでしょうか。この映画もそうでした。情感ただよう、なんてものじゃなく、たゆたってうねってました。二人がならんでジュークボックスの音楽を聴く場面がありますが、女は怒り肩でつり目、男はなで肩で垂れ目という、なんともいえないコントラストも良かったですね。二人とも素晴らしい演技でした。

このあいだアンゲロプロス監督の『蜂の旅人』を見てから、なんとなく、映画モードです。また面白い映画をさがして見てみよう! 見たらここに書きます! 何年後になることやら!

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