2017年11月19日 (日)

「初夏の旅なつかしく ①」

ご無沙汰しております。国語科の矢原です。国語科員ですので筆無精だとの認識はないのですが、ほかの先生がたに任せっきりのおんぶに抱っこになっていました。
その時どきの感慨を数行にしたためたりしております。その書き付けを頼りに数年前を思い出しながら初夏の旅の様子を振り返ってみます。写真もあまり撮りませんので文字ばかりですが、それもまた一興かと。


「Driving in May」
ビューン Go Go Expressway!
夜明けの出発 初夏の快適
サービスエリアで朝のコーヒー
目的地まで あと300キロ!

うまく休めそうだったので珍しく宿まで取って出かけました。折角の機会を有効に使うため、前日は寝たこともない時間に床に就きまして。まだまだ夜明けとは言いがたいころに出発です。
暗いうちにどんどん進みます。なんと今回は、初日の朝ご飯を旅先で食するという大胆な作戦です。もちろん行き先は決まっていますがどこを訪れるかは大まかにしか決めていません。静かなところでゆっくりするなどという思想も全くもって持ち合わせません。当地を味わい尽くすつもりで盛りだくさんにメニューを詰め込みます。
中国自動車道をしばらく走ったところで珈琲タイム。さらにどんどん走って、海に下れば広島県の宮島という辺りでプチ仮眠。だんだん明るくなったところでさらに西へと進みます。


「命運の海峡」
初夏の関門海峡 光と陰よ
八艘飛びに 義経 踊れば
長州藩には 苦難と栄光
巌流島見ゆ 武蔵 見参!

そうです。旅先は山口県。まずは下関の海端にある唐戸(カラト)市場で絶品の朝ご飯。
本物の魚市場ですがもはや観光地です。まずは、市場で働く方々も利用する2階の食堂で定食をいただきます。新鮮なのを揚げたり煮たりしたのや刺身がどっさり。朝ご飯にお刺身は最高ですが焼き物や煮物も抜群です。鮮度がよいものは火を通しても味が違います。
食べ終わってから1階をぐるっと回ると魚介の卸の店舗でお寿司コーナーが始まります。小分けのパックに入ったのを買って、あちこちに置かれたテーブルとベンチでいただきます。美味しい握り寿司は別腹ですね。

満足したところで目の前の海峡を眺めながら腹ごなしのお散歩タイム。大小多くの船が行き交います。この海峡の通行料が長州藩の財政を支えたそうです。そのすぐ向こう届きそうで届かない距離に九州が見えます。海峡には物語が付きものですが、ここ関門海峡は数々の大がかりなドラマの舞台です。
朝の潮風を受けながら東向きに歩くと旧式の大砲が並んでいます。関門海峡の昔の名は壇ノ浦。幕末の長州藩が列強相手に攘夷の戦を敢行した場所であり、長州征伐の幕府軍を返り討ちにした場所です。古戦場である壇ノ浦砲台跡。車輪付きの木組みの上の西洋式大砲をさわると長州藩の難渋と歓喜が伝わってきます。旧式の大砲を捨て、最新鋭の火器と軍艦を手に入れた長州軍は生まれ変わりました。藩を窮地に陥れた大敗、歴史の転換点となった大勝利は共にこの海峡での出来事です。
砲台の脇には八艘飛びの源義経と、イカリをかついだ平知盛の像が向き合うように置かれています。振り返って唐戸市場の向こう側、関門海峡の西の端には巌流島が浮かんでいます。あの宮本武蔵と佐々木小次郎が戦った島です。若い頃に初めて九州を訪れた際にここを通って知りました。吉川英治の名作は高校生のころに読んだはずなのですが、巌流島の場所を意識していませんでした。

さあ車に乗りこんで出発。数分も走らずに「るるぶ」で見つけた赤間(アカマ)神宮に立ち寄ります。尼に抱かれて壇ノ浦に入水した安徳天皇を祀ったところです。ついでに訪れる場所はこうやって現地に来てから見つけていきます。
海峡に望む立派な神社はお寺のような風情。人も少ない静かな境内を奥へと進むと平家一門を祀る塚がありました。栄華を極めた一門がこの地で滅んだことがよく分かりました。その傍らには耳なし芳一を祀った芳一堂。こんなものが実際にあるとは思いもよりませんでした。

赤間神宮を出て少し進むと何やら施設がありまた車を停めました。いま調べると関門プラザというところでした。表示を見ていると関門トンネル人道というのがありました。なんとエレベーターで地下に降り、徒歩や自転車で九州に渡れるのです。時間の都合でほんの少し地下を歩いてみただけですが、非常に面白い体験でした。これまたいま調べてみると距離は780メートルで、海底の歩道の途中に県境の線があります。歩行者無料、自転車20円。

さてまだまだ午前中がたっぷり残っていたかと思います。次の目的地に向け出発します。
たかだか一泊旅行の話ですのですぐに終わるかと思って書き始めましたが、思い出すことや懐かしくて調べ直したことを書き始めると結構な量になりました。今日の所はこの辺で。
この調子であちこち見歩くのですが、盛りだくさんとはいえ駆け足で見て回るようなことはしません。食べたり飲んだりのぞき込んだり笑ったり感心したり、旅は楽しんでナンボです。

 


 

2017年11月 8日 (水)

またしても風呂で本を落とす

早いもので、秋になってもはやひと月たちました。まだ暑いんですけど夏はとっくに終わっています。秋です。

と書き出してから一ヶ月近くたちました。まさに光陰矢の如しですね。

と書き足してから早くも二ヶ月が過ぎ去りました。もはや光陰矢の如しというような悠長な言葉では言い尽くせない迫力がありますね。

♪夏が過ぎ風あざみ・・・・・・という曲がありますね。恥ずかしいことに私はあの曲を聴いて「風薊」という名前の薊があるのかしらと思っていました。ついでにいえば、赤い靴を履いていた女の子を連れて行ったのは「ひいじいさん」だと思っていました。これは私だけではないのではないでしょうか。「いいじいさん」だと思っていた人さえいるかもしれません。そういうかんちがいは誰しもありますよね。

なんて話を書こうと思っていたのがすなわち三ヶ月前です。でも何だかもうこの話題自体が私にとって古びて新鮮さを失ってしまいました。むかし、いただいたすいかを冷蔵庫に入れたまま半年以上放置していたことを思い出します。大学のときいっしょに暮らしていた友人からきた年賀状に「今年は大阪に遊びに行きたい」と書いてあり、「おお、ぜひ来てくれ。いつ来るんだね」と返事を送ったのがゴールデンウィーク過ぎで、友人に「何の話だ?」と言われたことも思い出します。

それはともかく、先日また本を風呂に落としてしまいました。風呂というのはこの場合浴槽内という意味です。しかもばしゃんと音をたてて文庫本が落ちたとき私は頭を洗っていました。それもシャンプーを洗い流しているときで、いわゆる最悪のタイミングでした。しわしわになったその本はとっくに読み終えましたが、古本屋に売れないのが残念です。多岐川恭という、もはや知っている人も少なくなったのではないかと思われる作家の時代小説です。とてもおもしろいんですが、そもそもこの本も古本屋で買ったものなのでまた古本屋で売ろうというのがせこい話ではあります。風呂に本を落としたのはこれがはじめてではありません。何年も前にこちらに書きましたが、五千円ぐらいする本を落としたときはさすがにショックでした。で、それからは、風呂では高い本は読まないようにしています。だいたい古本屋で買った時代小説とか推理小説なんかを読んでいます。これらは風呂専用です。

しかし、二束三文で買った娯楽小説を風呂に落とすのはともかく、先日、眼鏡を街中で落として紛失したのはさすがにショックでした。幼稚園の卒園アルバムに「落とし物と忘れ物の名人でしたね」と書かれただけのことはありますね。なんせ一日中眼鏡をかけているので、歩いているときぐらいはずそうと思って、胸にひっかけて歩いてたんです。で、ふと気づいたらなかったんです。あわわわわと慌ててさがしまわりましたが、なんせ眼鏡をしていないのでよく見えない。約百メートルにおよぶあやしい区間を3往復か4往復しましたが見つかりませんでした。落としたことに気づいた場所の百メートルほど手前の地点で、空き地に落ちているボールがくっきり見えていたという記憶があり、そこより前で落とした可能性はないので、ないはずがないのですが、どうしても見つからず、やがて薄暗くなってますます見えなくなってきたためにその日はあきらめて帰りました。翌日、とりあえず使い捨てのコンタクトレンズをして再捜索に行きましたが、何往復しても見つからない。もしかして、カラスとか野良猫とかが持って行ったのか? あるいはこの車の下に・・・・・・などと考えて通行人に怪しまれつつ軽トラの下をのぞき込んだりしましたがダメでした。で、しかたなく新しい眼鏡を買いました。

しかし、やはりどうしても前の眼鏡のことがあきらめきれません。思い入れがあるのです。なんせ二十年近く使っていたのです(もちろんレンズは交換しましたが)。その間、一度たりともネジが緩むことすらなかったきわめて優秀な眼鏡なのです(京都の眼鏡研究社で買ったんです、ミーハー?)。二三日してまた探しに行きました。ありませんでした。そうして台風22号が襲来しました。その翌日、やっぱり諦められずに探しに行くと、ありました。なぜだ? さがしたはずの場所なんですがね。もしや大雨のせいで、眼鏡がうずもれていたところのゴミが流された? というわけで、仕事の日は新しくつくった眼鏡を、そうでない日は古いつきあいの眼鏡を使用する毎日です。

2017年7月 9日 (日)

ほめられるとうれしい

先日、といってももう二ヶ月近く前ですが、西宮北口教室で「灘・甲陽・神女をめざす低学年児童のための読書案内」という講演会を実施いたしました。たくさんの方がおこしくださいました。ありがとうございました。会終了後、どきどきしながらアンケートを拝見したところ、「内容はもちろんですが、時間をわすれるくらいの惹きつけられるお話で、子どもの授業もそうなんだろうなと授業にも興味がわきました。」という過分のお言葉があり、激しく感動しました。がんばろう、また講演会やろう、何なら毎月でもやるぞ、授業もがんばろう、やるぞやるんだ、と燃えに燃えました。火がついてしまった私は、希学園の創立記念日の2日間、ほんとうは比良か奈良に山登りに行くつもりだったんですが、そしてそのために角形のハンゴーや強烈な虫除け(2年前に比良でぶよにやられたので)や鴨だしそばまで買って用意していたんですが、あっさり中止して、図書館でずっと教材作りの仕事をしていました。そのぐらい燃えてしまいました。ほめられると本当にうれしいものですねえ・・・。このブログだってごくたまにではありますが「読んでますよ」とか「楽しみにしてますよ」なんて声をかけられることがあり、何だかもういてもたってもいられないぐらいうれしくなります。子どもたちのことももっとほめまくらないといけないですね。良い答えを言ってくれた子には「なんて優秀なんだ!」、まちがった答えを言った子には「優秀な君でさえ!」、あまりにも論外な答えには「今日もギャグが冴えてるね!」。よし、これからはこれでいこう!

というわけで、ほめられて浮かれてしまったたために創立記念日には山に行き損ねた私ですが、実をいうと、残雪期にはちゃっかり北アルプスに行っていたのであります(創立記念日より前です)。今年は上高地から蝶ヶ岳に登り、常念岳まで縦走したのですが、またクマに会ってしまいました。

私のクマ遭遇率はすごく高い気がします。大雪山系ではヒグマに接近遭遇しましたし(何年か前にこのブログに書きました)、五色ヶ原でもハイマツ帯で若いツキノワグマにばったり出会って遁走させました。西穂高に行ったときはロープウェイから子グマを目撃しました。そして今年は上高地です。あの観光地の上高地でクマ! これはびっくりです。観光客がさほど多くない奥の方ではありますが、登山道ではなく遊歩道から見えるところにクマがいるなんてなかなかないことです。ふと見上げた急な斜面の中腹にいらっしゃって、思わず「まじか」と呟いてしまいました。もう、めっちゃ急ぎ足で通り過ぎました。途中で追い抜いた登山者に「さっきクマがいました!はあはあ」と報告したら、「えっ、見なくてよかった!はあはあ」とよくわからないコメントが返ってきました。でも何となく気持ちはわかります。確かに見なければ平穏な気持ちでいられます。

クマ遭遇率が高いのは、一人で山登りするからだと思います。かっこよくいうと、「単独行」です。いやそんないいものじゃないですけどね。友達がいないだけですからね。かつては「希学園山岳部」や、その分会であるところの「希学園シャワークライミング同好会」なるものがあったのですが(非公認組織)、Y田M平氏の体重増加および体力低下とともに活動休止に追い込まれました。したがって今後も否応なく一人で山登りせざるをえないわけです。何としても本格的なクマ対策が必要です。私としては東北の山に行ってみたいんですが、なんせ秋田から青森にかけてのあたりは去年から人食い熊が出没しているので、手も足も出ません。世の中にはクマ除けスプレーなるものもありますが、心がすぐに動揺する私は、クマが「がおー」と現れた瞬間うろたえてしまい、スプレー缶をふりまわして対抗するというような誤った対処法に陥りそうな気がします。クマよけの鈴が役立たずであるということは北海道でヒグマに遭遇したときに証明済みです。歌をうたいながら歩くときもありますが、息が上がってくるといつのまにか「はあはあ」と言うてるだけになります。

これはもうY田M平氏にダイエットを強要するしかありません。もともとY田氏のぜい肉は私が「秘技肉移しの術」によって私の腹部から移転させたものなので、彼が現在のような体形になってしまった責任の一端は私にあります。一ヶ月に8キロやせたことが3度もあるダイエットの天才たる私が指導すれば、Y田氏の体重などはあっというまに浅丘ルリ子なみになるはずです。問題はY田氏をいかにしてその気にさせるかということでありますが、これはもう「ほめる」しかないですね。ときどき思い出したようにヨイショはしているつもりでありますが、そのぐらいでは彼のビッグウォールのような心は動きません。彼のことをご存じの方は、彼を見かけたら「よっ、天才クライマー!」の一言をぜひともよろしくお願い致します。なんといっても彼は8000メートル峰にくり返し挑んだ(そして敗退した)経験を持つ、1.5流くらいのクライマーです。「天才クライマー」と呼んでも、まるっきり根も葉もないお世辞というわけでは(いやまあお世辞にちがいはありませんが)ありますまい。気をよくした彼がダイエットにいそしみ、私のクマ除けとなってくれることを祈りつつ、本日は筆をおきたいと思います。

あっ、大事なことを忘れていました。

7月15日土曜日の午前、西宮北口教室で『通塾前の家庭学習』というテーマで講演会的なことを実施致します。なんといっても「通塾前」なので塾生の方にはあまり関係ないのですが、もし知り合いの方で興味を持たれそうな方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひご紹介ください。今回は国語の話だけではなく、全教科的にお話ししたいという野望を持っております。よろしくお願いします~。

2017年6月11日 (日)

六甲山から見える夜の夜景について~トミー・スマイリー試論~

トミー・スマイリーといえば希学園国語科では知らぬ者とてないナイス・ガイです。トミー・スマイリーという芸名はもちろん私が勝手に付けたもので、いつも口元が緩んで何かうれしそうにニマニマしているように見えることと、須磨に住んでいることとをかけて「スマイリー」、「トミー」は言わずもがなというか、まあそのまんまですね。

はじめて出会った頃から私はトミー・スマイリーに注目していましたが、それは彼が天下の名門灘校卒だからではなく、、不注意かつ不用意、何とも言えずうかつな人物だからです。彼の名がメイ・デーの『インターナショナル』のように国語科の中に轟きわたったのは、忘れもしない豊中教室で授業前に彼が「いやあ、ぼくが昔、彼女と六甲山に夜の夜景を見に行ったとき・・・・・・」とのたまったときでありました。

「夜の夜景!?」

これはいわゆる重複表現、「馬から落馬する」「骨を骨折する」「ピッチャー第一球目投げました」「違和感を感じる」のより壮絶なバージョンではなかろうか? 文章というのは冗長度があまり低いと理解しづらくなるものなので、ある程度の重複表現はしかたないというか、あってもいいと思うわけですが(「まるで雪のように白い」なんて言い方も重複をふくんでいると見ることができますよね)、それにしても「夜の夜景」はひどい。安倍首相が言ったとされる「諸君たち」とどっこいどっこい、あるいはもっと拙劣かもしれません。

そのとき、トミー・スマイリーの人生はたしかに変わったのでした。以来、つねに彼の背後ではひそひそと声がするようになりました。

「灘校?」「うそでしょ?」「だって」「え?」「夜の夜景?」「朝のモーニングコーヒー?」「お昼のランチ?」

疑惑をいつまでも疑惑のままにしていてはいけないと思い、私は本人に確認することにしました。

「ヘイ、トミー。君が灘校卒っていうのはほんとうかい?」

「ホワッツ?」

その後彼は疑いを晴らすべく、在校中の学生証(であると彼が言い張る物体)をみんなに見せびらかしたり、住吉近辺のおいしいラーメン屋について語ったり、灘校の先生の名前をいかにも知ったげに話に織り交ぜたりと、涙ぐましい努力をしていたのですが、ある日、決定的な出来事が起こってしまったのです。

文化祭見学で灘中学校に塾生を引率したときのこと、任務を終え、私はひとり住吉川をぶらぶらと散歩しておりました。私はふと、奇妙なことに気づきました。住吉川はJR住吉駅と灘校のあいだを、北から南へと流れています。私は灘校に来るときはいつも大阪方面から電車で住吉駅に着き、東へと引き返すようなかっこうで灘校まで来ます。しかし、電車から住吉川を見た記憶がまったくないのです。これはどういうことか? 答えは簡単でありまして、住吉川はJRの線路の上を流れているから、電車から見ることはできないわけです。川底がどんどん高くなっていく、いわゆる天井川というやつですね。何だか不思議です。

この話をしたら、トミー・スマイリー氏はきょとんとし、

「え? まじですか?」

「知らなかったのかい?」

「はあ」

「灘校卒なのに?」

「いや、まあ」

「ほんとに灘校?」

というわけで、疑惑は深まって今に至っているわけです。

「良いイメージはすぐに底をつく貯蓄のようなもの、悪いイメージはいつまでも返しきれない借金のようなもの」というのは今考えた私の名言ですが、トミー・スマイリーがこの借金を完済できる日は果たして来るのでしょうか?

2017年5月31日 (水)

コンダラって何?

肩がこらないのでミステリー系が好きなのですが、伊坂幸太郎の『死神の精度』か何かに出ていた「雨男」と「雪男」の違いというのは、なかなかおもしろい。ことばの形式としては同じなのに、全く違う意味になります。ここまでの違いでなくてよいのなら「たこ焼き」と「目玉焼き」のような例がいくつもあります。「たこ焼き」はたこそのものを焼いているわけではないのですが、たこは入っています。一方の「目玉焼き」は目玉を焼いているのではありません。

「ないものはない」が二通りの意味にとれることは前にも書いたと思うのですが、西野カナの「あなたの好きなところ」という曲名は「あなたのよい点」という意味でしょう。でも「あなたが好む場所」ととれなくもない。「歌っていいな」と言うと、歌のすばらしさについてのつぶやきともとれますし、相手に自分の歌を聞くことを強要しているようにもとれます。文に書いたものを読む場合には、あきらかに二通りにとれるものでなくても、一瞬迷うものがあります。「この先生きてはいけない」は、特定の先生が来ることを拒否しているのか。「とんねるずらも同行した」というのは、静岡弁を喋ったのかと思ってしまいます。「青色っぽい自動車」は見た瞬間、「色っぽいって?」と思います。かんちがいと言えばかんちがいですが。

「出汁」を「でじる」と言う人がいますが、それは変だ、「だし」ではないかと思ったあと、でも「出汁」と書いて「だし」と読むのも妙と言えば妙、「出」の部分が「だし」なのだから「だしじる」と読んでもよいのではないかとも思えます。ただ、語感としては汚い感じがあって、自分が言うときには「だし」、読むときには「だしじる」と区別したり。結局その人の心理が「まちがい」にも反映されるのでしょうね。「ひわまり」や「おさがわせ」など、発音しやすい方を選ぼうとする万人共通の心理でしょう。「米朝会談」とあればアメリカと北朝鮮ですが、落語ファンなら思わず「桂米朝」だとかんちがいするのは「思い込み」のせいです。

朝日新聞のだれかの寄稿で、「コーラをどうぞ」と言われて出された麦茶を飲んだら思わず吐き出してしまう、というのがありました。ことばもともに飲んだり食ったりしているのだという結論だったように思いますが、これもコーラだと思い込んでいたからですね。その思い込みの盲点をつかれるとうろたえます。「玉手箱をあけたら煙が出て浦島太郎はじいさんになった。なぜか?」と問われたら、煙の正体を考えますが、答えは「太郎が男だったから」と言われて、「えっ、そこ?」と思います。でも思い込みから外れると、そういう答えもあり、ということに気づきます。自分の思い込みだけで考えようとすると、煙とじいさんの結びつきを別の発想でとらえることができなくなります。

有名な「重いコンダラ」というのも思い込みですね。『巨人の星』のテーマソングの「思い込んだら」をグラウンドの整備に使うローラーを引く姿と重ね合わせて「重いコンダラ」と「思い込んだ」のです。落語にも、「一つき百円で食べる方法」の答えが「心太を食え」というのがあります。ところてんは箱に入れて、後ろから突くと、前の金網を張ったところからニュルニュルと出てきます。「一月」と思ったら「一突き」だったということです。「心太」はもともと「こころふと」で、「こころ」は「凝る」、「ふと」は太い海藻の意味だったのが、「こころたい」→「こころてい」→「こころてん」→「ところてん」になったとか。

それはさておき、国語が弱い人って、設問の狙いを見抜けずに、思い込みで答えようとするのですね。浦島太郎の例で言えば逆に、用意されている答えは「煙の正体は浦島太郎から奪われていた時間だったのだ」のようなものなのに、「男だから」と答えて笑われてしまうのです。「どうして学校に行くの?」「学校が来てくれないから」のパターンです。国語の場合は傍線の引き方に注目すると、何が要求されているのかわかることもあるのですが、やはり不注意な人が多いようです。

こうなると思っていた、というのは思い込みと言うより「決めつけ」ですね。「カレーの口になっていたのに」という言い回しを聞くことがあります。カレーを食べるつもりになっていたのに、それを外されたときのガッカリ感は大きいものがあります。期待を裏切られるとつらいのです。これは出題者側にもありますね。「あの店はセイキョウだ」という書き取りを出題して「生協」と書かれたら、これはつらい。「サイコウのよい部屋」を「最高」と答えられてもペケにはできません。問題の出し方がまずい場合も多いのですね。「サイコウがよい部屋」としておけば答えは一つに決まります。

こういうのは仲間はずれを答えさせる問題でもよくあります。お入学の試験で「ウマ・ウシ・ウサギ・トラ」と出して「ウで始まる」という基準で選ばせようとしたら、字数に注目して「トラ」と答えられるかもしれません。「ネコ・ウマ・ウシ・ヘビ」は「哺乳類」かどうかでしょうが、「十二支にはいっているかどうか」という観点でも答えられます。「シマウマ・ウミネコ・アナグマ・ムササビ」なら、鳥がまじっているというのが素直ですが、ムササビだけは二字の組み合わせのことばではないという高尚な答えも考えられます。「カバ・トラ・カッパ・ヤギ」なんてのは、実在するかどうかなのか、漢字に直したときの字数なのか。「ウサギ・キツネ・タヌキ・スパゲッテイ」で「スパゲッテイ」と答えたら、「残念でした。ウサギ以外は麺類です」と言われるかもしれません。

何を基準にするか、というのは重要ですね。「服従」の反対は、一人の人間の態度として考えれば「抵抗」ですが、「服従」する側の反対、と考えれば「支配」でもいけます。いじわるクイズでもよくありますね。「エッグはなにご?」と聞いて「英語」と答えれば「たまご」と言い、「ストロベリーはなにご?」と聞いて「いちご」と答えれば「英語」と言い、「コーヒーは?」と聞いて相手が首をかしげれば「食後」と言います。「きょうきて、けさよむものは?」の答えは「朝刊」でも「坊さん」でも、相手の答えとはちがうほうを言います。折紙の「だまし舟」みたいなものですが、最近は折紙なんかするのかなあ。

「折紙つき」の「折紙」の実物はなかなか見る機会がないのですが、最近の刀剣ブームで見ることができるかもしれません。実物を見ておくことは大切です。昔、脚本の授業のとき、本物のシナリオを持ってきてくれた生徒がいました。映画の子役をやっていて、自分が出た映画やドラマの脚本を持ってきてくれたのです。ちょうどサンテレビの再放送の「大奥なんちゃら」というドラマで、徳川将軍のあとつぎの役で出ていました。灘中に行ったけど、その後どうしてるのかなあ。

2017年5月14日 (日)

読まずに死ねるか!

横溝の名前が出てきたので、久しぶりに最近読んだ本について書きましょう。

法坂一広『弁護士探偵物語・天使の分け前』。作者は現役の弁護士だそうですが、チャンドラーのパロディみたいで、正直言って「つくりもの感」濃厚でした。いくらハードボイルドと言っても、これはないわーという印象でした。懲戒された弁護士の「私」が、アルバイトとして探偵事務所の手伝いをしているときに殺人事件に巻き込まれ、容疑者として逮捕されるというストーリーは悪くないのに、文体がネックになってしまいました。

塩田武士『盤上のアルファ』。神戸の新聞社で警察担当だった記者が「おまえは嫌われている」と言われて、なぜか将棋担当に「左遷」されます。そこで知り合った真田信繁は33歳からプロの棋士を目指そうとしています。将棋を題材としていておもしろいのですが、新人賞の受賞作らしく、やはり粗削りな感じがします。この人の作品は先に『女神のタクト』を読んだのですが、これも引退した世界的な指揮者を探し出して、経営難の神戸のオーケストラを再建させるという、マンガっぽい話で、これはこれでおもしろかった。グリコ・森永事件を題材にした『罪の声』は読んでいないのですが、いろいろな賞をとっているようです。

原田マハ『奇跡の人』。ヘレン・ケラーとアン・サリヴァンの話です。三重苦の少女、介良(けら)れん、岩倉使節団の留学生として渡米した弱視の去場安(さりばあん)という名前がわざとらしいのが気になりますが、もう一人盲目の旅芸人をからめて、筋の運びとしては読みやすいものになっています。去場安は津田梅子のイメージですかね。「感動」というほどではなかったのが残念。この人の作品は『本日はお日柄もよく』もそうですが、読みやすい分、深みがないという感じがします。

恩田陸『夜の底は柔らかな幻』。直木賞作家です。日本の中にある治外法権の土地「途鎖」には、「イロ」という特殊能力を持つ者が多く存在しており…という、外国のSFによくある、詳しい説明もなく、最後まで何のことかわからないパターンでした。コッポラの『地獄の黙示録』をイメージしたとかいうのも納得です。とくに後半はグダグダで着地失敗という感じでした。恩田陸はたまにこういうことをやらかしますね。好きな作家なのですが。

サラ・グラン『探偵は壊れた街で』。「最高にクールな女性私立探偵」という謳い文句だったので、ハードボイルドを期待したのですが、探偵とは何ぞやみたいなところに力点を置いて、内面に入り込み過ぎています。読んでいて楽しいものではなかったなあ。

ダニエル・フリードマン『もう過去はいらない』。シリーズの二作目です。軽度の認知症がある88歳の要介護老人が主人公のハードボイルド。元殺人課の名刑事が歩行器を使って活躍するというアクションもので、イメージはクリント・イーストウッドです。ユダヤ人としてのアイデンティティもテーマの一つですが、とにかく荒っぽすぎるバイオレンスじじいです。そのため読後感はさわやかではありませんし、過去と現在が不規則に入れ替わる組み立てがわずらわしい感じでした。

スティーブン・キングの作品も久しぶりにたてつづけに読みました。「ダーク・タワー」のシリーズでドッと疲れて、ご無沙汰していましたが、『アンダー・ザ・ドーム』『11/22/63』『ドクター・スリープ』『ミスター・メルセデス』を一挙に読みました。『アンダー・ザ・ドーム』はアメリカの小さな町がなぜか見えないドーム状の障壁に囲まれて、外の世界と隔絶されるという、「設定だけ」の作品です。それを大長編に仕立てあげるキングの力業で読ませます。小松左京と同じように、「もし~たら」という発想をふくらませるテクニックはやはりさすがです。見ていませんが、テレビ・ドラマにもなっています。『11/22/63』は平凡な高校教師がタイムトンネルを通って、1958年の世界に行き、そこで過ごしながら、1963年11月22日のケネディ大統領暗殺を止めようとする、という話です。タイムトンネルは1958年のある日にしか行けません。ただし、そこでなんらかの行動をすると、現在に影響を及ぼします。過去にもどって過去を変えたら、時の流れはどう変わっていくのかという、よくあるパターンをやはりキングはうまく読ませてくれます。これもテレビ・ドラマになっています。『ドクター・スリープ』は名作『シャイニング』の続編です。『シャイニング』が未読であると、ちょっとしんどいかもしれませんが、長い話を一気に読ませてくれます。これは映画化されるそうな。『ミスター・メルセデス』はホラーではなくミステリーで、エドガー賞もとっています。就職フェアの行列にメルセデス・ベンツが突っ込み、8人の死者と多数の負傷者を出します。担当刑事は定年退職するのですが、その犯人からの挑戦状が来るという発端です。ミステリーとしてはいまいちだったような気もするのですが、三部作の一作目なので、続きもまた読むんだろうなあ。

阿部智里『烏に単は似合わない』『烏は主を選ばない』『黄金の烏』。評判のよいシリーズですが、小野不由美の「十二国記」に比べると、読むスピードがなかなか上がらない。文章はけっして下手ではないのですが…。

中村ふみ『裏閻魔』。長州藩士の主人公が新撰組に潜入するところから始まって、昭和の時代まで続くシリーズものです。主人公は刺青によって不老不死の呪いを背負ってしまうというラノベ系です。当然読みやすく、そこそこおもしろい。アニメになりそうな気配も濃厚です。

古野まほろ『ぐるりよざ殺人事件』。鬱墓村を舞台とした、横溝正史オマージュ作品なのですが、「セーラー服と黙示録」のシリーズなので、おっさんの読むものとしては大きな声では言いにくい。秋吉理香子の『暗黒女子』もだいぶ前に読んで、「イヤミス」としてはなかなかおもしろかったのですが、これもおっさんの読むものとしては…。

ちなみに最近見た映画は『相棒』です。「人質は50万人!」というやつです。読むものも映画もかたよってますなあ。あ、ちょっと古めのものですが、『リチャード二世』というのも見ました。BBCの「嘆きの王冠 ホロウ・クラウン」の劇場版です。シェークスピアの原作を下敷きにしており、セリフにリアルさのかけらもないところがなかなかよかった。でも、このシリーズを全部見ようと思ったら、一万円以上かかってしまう。見るべきか見ざるべきか。

2017年4月23日 (日)

下呂牛乳もある

ミドルネームという、妙なものがありますが、これにならって、たとえば、本名、田中一郎さんが結婚したら田中田楽狭間一郎とか、山田花子さんが結婚したら山田チリトテチン花子とかにして、田楽狭間とかチリトテチンがファミリーの名前になり、子どもはそれを結婚するまでは受け継いで自分の名字にする、というのもありかなあと思います。さらに、その人がサラリーマンであるなら、サラリーマンネームというのがあって、田中田楽狭間ルードヴィヒ3世一郎とかするとおもしろいのですが、非常に面倒でもあります。どんどん長くなって、自分の名前がわからなくなって「オレダレ?」と思ったらダレノガレ一郎と呼べるようになり、経験値をつめばキリガクレ一郎に改名できるとか、一郎が二郎、三郎に進化していくという、ポケモン状態になったら、わけがわかりません。

ただ、死んだら戒名という新しい名前がゲットできるシステムは昔からありますね。法名というものもあります。戒名と法名はどうちがうんでしょうか? 法名は浄土真宗で、戒名はそれ以外、とよく言われます。どちらも、もともとは仏教徒となった証としての名前だったわけですから、本来は生前に与えられるものですね。今はもっぱら故人に対して与えられるものをさすようです。では、僧侶の名前はどうなのでしょうか。俗名佐藤義清、出家して西行、というのは有名ですが、雨月物語の「白峯」という話では西行が崇徳院の陵墓を訪ねたときに、崇徳院の怨霊から「円位」と呼ばれます。二つの名前を持っていたのですかね。

武田晴信が出家して徳栄軒信玄となります。弟の信廉も逍遥軒と名乗っているので、武田一族は「…軒」が好きだったようです。一方の謙信の号は不識庵ですね。有名な頼山陽の漢詩「鞭声粛々」は「不識庵機山を撃つの図に題す」というものです。謙信が信玄に斬りかかっている絵ですね。ということは、信玄は機山とも名乗ったようです。出家したからには常識的には俗名から離れるわけで、名字もなくなるはずです。武田晴信は正しいのですが、武田信玄と呼ぶのは本来はおかしいことになり、ただの信玄と呼ぶべきです。夏目漱石がただの漱石であるように。朝日新聞に連載している小説では、作者名はただ漱石とだけ書かれています。ところが禅宗の場合はまた奇妙なことになっています。夢想疎石とか太原雪斎とか一休宗純というのは何なのでしょう。まるで姓名のような感じです。一休さんの名前はただの「一休さん」でよさそうなのに、あらたまるとなぜか四字熟語のようになってしまいます。

滝沢馬琴の場合は本名が滝沢解で、ペンネームが「曲亭馬琴」。ということはただの「馬琴」ではないようです。「~亭」「~家」という、落語家にもよくあるのは、それこそファミリーネームなのかなあ。落語家の「林家」や「桂」は関西にも江戸にもありますが、別の家なのでしょうね。「曾我廼家」というのは喜劇系で、「浮世亭」というのは漫才系ですかね。「正弁丹吾亭」というのは法善寺横丁にある料理屋さんです。織田作之助の『夫婦善哉』にも登場する老舗ですが、もともと「こえたご」のある場所だったとか、いやいや「正しく弁(わきま)える丹(まごころ)のある吾(わたくしども)の亭(みせ)」という意味だとか、いろいろな説があるようです。いずれにせよ、食べ物屋の名前としてはインパクトがありすぎです。

「下呂の香り」というお菓子もなかなかのものです。下呂温泉のお土産として有名ですね。これもどういうねらいでのネーミングでしょうか。やはり受けをねらったのでしょうね。何も気づかなかった、というわけでもありますまい。ウニの名前で「バフンウニ」とあるのは、見た感じからつけられたのでしょうから、やむを得ませんが、食べているときに名前を思い出すと、やや抵抗があるかもしれません。おいしいだけに別の名前にしてほしかったと思います。「馬糞饅頭」となると、最初から食べることを目的とした饅頭にわざわざ「馬糞」と名付けたわけですから、これは何らかの意図をもっているような。色や形が似ているにしても、他の名前でもよいはずです。それをストレートに「馬糞」と呼んでしまうのは大らかさなのか、それとも作為がないように見せかける「作為」なのか。

前の希学園十三教室の裏手は波平通りと呼ばれていました。体は鉄腕アトムで顔が磯野波平という「鉄腕波平」発祥の地ということから付いた名前で、これも安易なネーミングですが、そのまま十三方向にまっすぐ行くと、駅前の通りをはさんで「しょんべん横丁」になります。飲食店のあるところの名前としてはいくらなんでもどうかなあという感じがします。酔っぱらいのおっさんたちが線路沿いの壁に用を足していたことからできた名前らしいのですが、こういうことに無頓着な人が多いのでしょうか、それとも露悪趣味なのでしょうか。「ブラック・レイン」のロケ地にもなったところなのですがねえ。

「しょんべん横丁」も焼けましたが、私の郷里の家の近くの「よろず屋」が「焼け店」と呼ばれていました。火事で焼けたことがあるから「焼け店」です。考えたら失礼な呼び名で「〇〇商店」というような正式名称もおそらくあったのでしょうが、みんな「焼け店」と呼び、店のほうもそれに対して抵抗がなかったようでした。ちなみにうちの家は「寺ん前」と呼ばれており、自らもそう名乗っていました。明治の廃仏毀釈で寺が神社に変わってしまったのですが、もともと寺があってその門前の家ということで、そう呼ばれていたらしい。あだ名というか、いわば屋号のようなものかもしれません。

歌舞伎の人たちも屋号を持っています。「音羽屋」とか「成田屋」とか。ご贔屓筋が士農工商の内の商人の扱いにしてもらえるようにと、店を持たせてくれ、そのご贔屓筋の名前を店の名にしたのが屋号の始まりともいわれます。『伽羅先代萩』という芝居に出てくる『一羽の雀が言うことにゃ』というフレーズが手まり歌になっていき、それが効果的に使われていたのが横溝正史の『悪魔の手鞠唄』ですね。マザーグース殺人事件のようなものを書こうとして、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』にならって書いたのが『獄門島』です。それの発展形で、元の歌を自分で作ったのが『悪魔の手鞠唄』ですが、鬼首村のそれぞれ家にも「枡屋」とか「笊屋」とかいう屋号がついていました。金田一耕助が峠道でおりんと名のる老婆とすれ違うシーンが印象的でしたね。ところがじつは、おりんはそのときすでに死んでいたはず…という、わくわくする展開になっていきます。浅川美智子が鬼首おりんと名乗って鶴瓶とともに毎日放送のヤングタウンに出ていましたが、もはやだれも知らない…。

2017年4月15日 (土)

読書案内の講演会

昨年に引き続きまたしても講演会を行うことになりました。前回の記事以来告知に燃える私としては書かずにはいられません!

ババーン!

『~入試問題から見えてくる~灘中・甲陽学院中・神戸女学院中を目指す低学年児童のための読書案内』

長い! 

この企画は、誰に頼まれたわけでもないのに私が考えたものです。ある日、「はっ」と思いつき、西宮北口の教室長に、「こんなんどうですか」と口走ったところ、あっというまに実現の運びとなり、内心ちょっと焦っているのです。

なぜ西北なのかというと、実は私は西北の教室長とは同期の桜であり(年齢的には少しだけ私の方が若いのではないかという気がしますが)そのよしみで何とか西北に貢献したいと思ったからではなく、「灘・甲陽・神女」だったらまあ西北かなあ、小2と小6の授業も担当しているしなあ、といった事情によります。

国語講師をしていてよく寄せられる質問のひとつが、「どんな本を読ませたらいいですか」というものです。若いころは(いやまだ西北の教室長にくらべたら多少若いかもしれませんが)、何でも好きな本読んだらいいんじゃないかなああれ読めこれ読めなんて言って読書嫌いになられても困るしなあなんて思っていましたが、私もそれなりに年齢を重ね(とはいえ西北の教室長よりはどうやら少し若いようなのですが)、ここいらで一発真剣に考えをまとめておこうと思いました。

実は希学園では夏休み前に読書案内のプリントを配付しており、茶屋町のジュンク堂の児童書フロアにはこのプリントをもとにした希学園コーナーまであるのですが、今回の企画はそういう一般的な読書紹介ではなく、「灘・甲陽・神女志望者限定」の企画です。

この三校限定なのにはもちろんちゃんと理由があります。甲陽コースの矢原、神女コースの竹見にも「こんなんどう?」と訊いてみましたが、灘・甲陽・神女には共通する何かがある、というのが三人の共通見解です。

というわけで、5月20日土曜日です! 

塾生保護者の方、一般生保護者の方を問わず、ぜひぜひお誘い合わせのうえ、お越しください。お待ちしております。

2017年4月 1日 (土)

名字は「ああああ」

略語といえば、「マクドナルド」問題もありますね。東京では「マック」で大阪では「マクド」。「マック」は「~の子」という意味だから、それだけでは「マッキントッシュ」か「マックイーン」か「マッケンジー」か、何の略かわからないのに対して、「マクド」は「マック・ドナルド」であることが推定できるので、略語としてのレベルは高い。大阪の勝ちです。長いことばのどの部分をとってくるかはあまり規則性がないようです。「尼崎」は「尼」で「がさき」にはなりませんが、「池袋」は「ブクロ」、新宿は「ジュク」、「二子玉川」は「ニコタマ」です。では「天下茶屋」は「ガチャ」でしょうか。そこに住む人は「ガッチャマン」と呼ばれる、というギャグを合格祝賀会の劇で使いましたが、あまり受けなかった…。

思いがけない略語というのもあるようです。略語であることを知らずに使っているものは結構多く、たとえば「ボールペン」でさえ「ボールポイントペン」が元の形だとか。「教科書」は「教科用図書」、「切手」は「切符手形」、「軍手」は「軍用手袋」だそうです。よく使う「特訓」も、よく考えれば「特別訓練」の略語です。「割り勘」などは略語だろうなとはわかりますが、元の形が「割り前勘定」であることには気づきにくい。「自賠責」を「自動車損害賠償責任保険」とは言いたくないですね。「電卓」は「電子式卓上計算機」でしょうか。「馬券」も正式には「勝馬投票券」らしい。「食パン」が「主食パン」というのは卑怯な気がしますが、たしかに「食べるパン」ではおかしい。古いところでは「魚雷」は「魚形水雷」、「空母」は「航空母艦」で、四字熟語の中から妙なところをとってきています。

固有名詞では「天六」「上六」「谷九」なんてのもあります。「学習研究社」は「学研」が正式名称になったのかなあ。「関西電力株式会社」の「関電」は「感電」を連想させるし、ひょっとして「関東電力」と思われるかもしれないので、あまりよい略語ではないようですが、やむをえないのでしょうね。英米の人名でも略語があります。ロバートがボブとかボビー、ロブになったり、さらにバートとかバーティーなども短縮形ですね。マイケルもマイク、マイキー、ミッキー、ミックになったりします。日本では名字と名前の一部をとってきて、キムタクみたいにすることがあります。この略し方は一昔前にはなかったのではないかなあ。名前のほうの「タク」はよいのですが、名字は漢字で書いたら「木村」ですから、これを「キム」と略すのは抵抗があったはずです。漢字ではなく音のイメージでとらえるようになってきて登場した略し方かもしれません。マツケンやホリケン、マエケンは従来型、シムケンやタムケンはニュータイプですね。でも、不思議なことに高倉健はタカケン、渡辺謙はワタケンにならずに、ケンサンです。マツジュンとは言うのに、オカジュンと言わないのは、これいかに?

みのもんたをミノモンにしても意味がないので、これはなしでしょうが、勝新太郎のカツシンはありなんですね。何か規則性があるのかないのか。ンで終わらなくても、長谷川京子のハセキョーとか豊川悦司のトヨエツというのもあります。ミスチルは言いやすいが、セカオワなんて言いにくい。エ段の音のあと子音のkが来るだけでもひっかかりがあるのに、そのあとa・oの母音が連続して、さらに実質aに近いwaなのでいわば母音三連発。普通なら略語にならないのに、誰かが通ぶって略したのでしょうね。もともと長すぎて寿限無と変わらないので、略すのもやむをえないかもしれません。でも、セカオザのほうが略語としての品格はありますな、だれも知らんけど。

こういう省略形になっても固有名詞という扱いになるのでしょうかね。固有名詞という概念はどうもあまりかしこくないようで、なぜ普通名詞とわざわざ区別しようとしたのでしょうか。個体につける名前が固有名詞で、種類につける名前は普通名詞とする、という区分はまったく無意味です。「日本」は国名なので固有名詞ですが、「日本人」はどうなのでしょうか。英語なら一文字目が大文字になるから固有名詞とするのでしょう。でも、「サクラ」のように「種類名」は普通名詞なので、「日本人」も普通名詞になるはずです。「アメリカ」は固有名詞ですから「米国」も固有名詞のはずです。では「日米」は? これが固有名詞であるなら「日米関係」という名詞は? 同じく「日本風」はどうなのでしょうね。「日本食」は? これが固有名詞で「和食」が普通名詞であるとするなら、ばかばかしすぎます。

他と区別するために個人を呼ぶものが固有名詞であるとするならマイナンバーとか背番号はどうなのでしょうかね。単なる数字であって名詞ではないとすることもできますが、数字だって場合によっては「個性」をもつことがあります。どこかの学校の先生が「18782+18782=37564」を「いやなやつが二人いたら、みなごろし」とか言って問題になったことがありました。「777」なんてのは好まれる数字ですから、数字にだって個性があるといえます。ましてや自分の姓名であれば個性そのものかもしれません。

ただ「夫婦別姓」を主張する人の理由に、名前は自分の個性だというのがありますが、それはどうもなあという気がします。新しい名字になっても、その人の個性が消えるわけはないでしょう。とってつけたような理由を言うのではなく、名字が変わるのはいやだからだめだ、と言ってくれたほうが、よっぽどすっきりします。夫婦別姓が古くからあった例として源頼朝と北条政子を持ち出す人もいますが、政子は平氏ですから、本来は平政子で、「北条」はいわゆる名字ということになります。一方の頼朝の源は氏の名ですね。頼朝の名字は何だったのでしょう。「源」はあくまで「源氏」の一族であることを表すもので、名字ではありません。叔父の行家などは「新宮十郎行家」と呼ばれましたし、先祖の満仲も「多田満仲」と呼ばれたので、これは一種の名字と見てよいでしょう。住んでいるところやゆかりのある土地の名が名字になるわけですね。ということは「伊豆頼朝」とか「蛭ケ小島頼朝」とかの名字があってもよさそうですが、なぜか「源頼朝」です。名字を名乗らないのは、うちが「本家」だという意識ですかね。清盛の家も平です。藤原氏の場合は多すぎて、どれが本家かわからなくなってしまったのかもしれません。道長の子孫も九条、二条、一条、近衛、鷹司に分かれて、藤原と名乗らなくなります。ということは、いま藤原と名乗っている人は直系ではないということでしょうね。

これは前にも書いたような気がするのですが、夫や妻の名字を名乗るのがいやなら、夫婦別姓ではなく、新たに「ファミリーネーム」を作ればよいのになあ。ただ、変な名字を作る人もいそうです。「ああああ」とか「うん〇」とか。ファミコンでも規制されてたなあ。

2017年3月11日 (土)

自衛隊が南スーダンから撤退するとかいうことで、ふと、昨年新幹線車内の電光掲示板で見たニュースを思い出しました。

安倍首相が南スーダンに派遣される自衛隊員に向かって「諸君たちには新しい任務が与えられる」と語ったというニュースです。

「諸君たち」!

昔、劇団名を考えていたときに、友だちが「劇団シアター劇場」という名前を提案したのを思い出しました。また、これは劇団名とは関係ありませんが、べつの友人は「坊主丸もうけ」ならぬ「坊主丸ぼうず」とか「貧乏暇なし」ならぬ「貧乏金なし」などという新作ことわざを作っていました。

とはいえ彼らはわざとやっていたわけで、安倍さんとはだいぶちがいます。もしかして安倍さんも受けねらいでわざとやったとか。そんなはずありませんね。まあ正直じゃあ意味がわからないかといえば「諸君たち」でも意味はわかるので、べつに目くじら立てなくてもいいといえばいいです。「ら抜き言葉」もそうですね。べつに意味がわかるからいいじゃん!と言われればまあそのとおりだと思います。そういうこと言うのはだいたい理科の先生ですけどね。いやこれは偏見ですが。

そういえば昨年の『灘×甲陽×希コラボ座談会』の中で、甲陽の大川先生(理科を教えていらっしゃるそうです)が、人は言葉によって考えるんですよとおっしゃっていました。

もちろん、人は言葉「のみ」によって考えるわけではありません。ホーレンシュタインの『認知と言語』という本で、〝「思考は常に言葉によってなされる」というある人々の信念は、「彼を笑わせるたけだった」〟という言葉が紹介されています。この「彼」というのは、アインシュタインのことですが、アインシュタインは「そもそも、私はめったに言葉によっては考えない。まず考えが浮かぶから、それを後になって言葉で表すこともできる」とも述べています。しかしまた、「個々人の精神的発展と概念形成の方法は、相当程度に言語と周囲の人々による言葉の導きに依存している」とも述べており、言葉と思考の関係は一筋縄でいかないですね。ま、なんせ、自分の胸に手を当ててよくよく考えればわかりますが、言葉がなければ考えられないなんてことはありません。ただし、よりよく考えるためには言葉を必要とする人間が多い、というのはわりと正しいように思います。

押し入れの奥から物を出したい。しかしそのためには手前にあるものをいろいろとどかさなければならない。それはよいとして、いざ目当てのものを手に入れたあとは、どけたものを元の場所に戻さなければならない。果たして正確に元の場所に戻せるのか。まちがった場所に戻せば家人に何を言われるかわかりません。 怖い! 

こういうとき私は、視覚的な記憶のみに頼って諸々の品を元の場所に戻すということが、あまりできないのです。正しく復元するためには、いったん言語化しておかねばなりません。「何の右に何があり、その上に何がひっかかるように載せてある」みたいな感じです。そんな私なんだから、何色の、どの模様のバスタオルが自分のバスタオルかなんてことも見ただけでは覚えられません。覚えるためには言語化が必要です。「薄青の、文字っぽい模様のやつ……」みたいに。

われらが副学園長がかつて車の中で僕に「カーペットの色が変わったとか、わかるはずないよな」とぼやいていましたが(果たして何があったのか?)、まったく同感です。ただ、副学園長の場合は視覚的な記憶の問題ではなく、心が奈辺にあるのかの問題であるような気がしますが。

ところで話はまったく変わりますが、入試問題分析会が終わりました。このブログで告知しようと思っていたのですが、忘れていました。忘れているうちに終わってしまい、終わってから、ブログに告知しようと思っていたことを思い出しました。ふつうはこういうブログって、イベントなんかの告知のために使うものだと思うんですが、去年の教育講演会もそうですが、そういう意味ではまったく機能していません。これはいけませんね。反省しなければ。

というわけで告知します!

来週土曜日午前、西宮北口教室で「希学園の最レダイジェスト体験」という、新小2生対象の体験授業を行います。新年度になってすでに5回小2最レの授業をしましたが、実施済みの授業のうちの1回分のダイジェスト授業というかたちになります。3/18です。ちなみに四条烏丸教室でも同様の体験授業が行われますが、私が担当するのは西北です。四条烏丸教室は松谷が担当します。非常にビッグな講師です。宝塚ふうに言うと「エルサイズのハラ」というやつですね。

「希学園の授業に関心をお持ちの方、また、塾選びに迷われている方は奮ってご参加ください。
なお、保護者の方が授業をご見学いただくことも可能です。」と、希学園のホームページに書いてありました!

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