シネマ食堂街③
前回の「シネマ食堂街②」が、なぜか「時事問題」にカテゴライズされていました。明らかに時事問題ではないんですが、なぜこんなことになってしまったんでしょう。どこか変なところを押してしまったんでしょうか (・_・ )( ・_・) オロオロ。
どこをどうしたらなおせるのかわからないのでこのままいきますが、時事問題ではありません。原発についてもテロについても秘密保護法についても言及していません。ただ、シネマ食堂街という、ある時代の雰囲気を濃密に体現している空間が主題であると考えれば、時事問題と言えなくないかもしれません。そして、「じじ問題」と表記すれば、それはそれで思いあたるふしもあったりなかったりするようなしないような・・・・・・コホン、ゴホッゴホッ。
さて、シネマ食堂街との衝撃の出会いから数年後、わたしは、再び剱岳に登りました。去年の話です。
同じルートはつまんないので、一般登山道ではなく、懸垂下降用のロープを担いで源次郞尾根ちゅうところから登ってみました。30メートルの懸垂下降が一カ所あるだけなのに、それだけのために50メートルのロープを2本持って行かねばならず(1本はY田先生に借りました)、おまけに少し雪渓を下るんですが、Y田先生が、ピッケルは必携、アイゼンもあった方がいいかも、などとのたまうのに素直に従ったら、もう重い重い。重さのために遭難するのではないかと思いました。
しかし、この源次郞からの登山の話は割愛します。問題はつねに衝撃の亜空間『シネマ食堂街』なのであります!
下山後、ひさしぶりに富山市内で時間があったので、僕はさっそく懐かしのシネマ食堂街へといそいそと足を運びました。めざすはもちろん「あや」です。べつに安くもなければおいしくもなく、ただ、男みたいなママと、生活保護のおばあちゃんがいたというだけの店でしたが、なんとなく、あの異次元空間ぶりに引き寄せられる感じで足が向いてしまうのでした。
しかし、残念ながら、「あや」はもうなくなっていました。小さい迷路みたいな食堂街のなかをくまなくさがしたけど、ありませんでした。ほんとうはそんな店なかったのかも・・・・・・とは思いませんでしたが(そんなおおげさな、ねえ?)、なんとなくぼんやりした、不思議な気持ちになりました。少しさびしいような。
このまま「あや」はだんだん僕の記憶から薄れていき、いつしか忘れられてしまう・・・・・・そんなふうにして、僕と「あや」との縁(というほどのものでもないですが)は消滅するかと思われたのですが、つい先月、三度目の剱岳登山を終え、富山市内に下り立つや、僕の足はやはりシネマ食堂街に向かってしまうのでした。未練がましく「あや」をさがすも、やはりかげもかたちもなくなっており、僕はだからといってたいしてがっかりするわけでもなく、シネマ食堂街の一角にあるべつの居酒屋に入りました。「あや」よりかなり綺麗だし、料理もおいしく、値段も高くなくて良い店です。
その店でビールを飲みながら、僕はふと「『あや』のことを聞いてみよう」と思い立ったのです。
ホールを切り盛りしている声の大きい、化粧の濃いおばさん(この人は東大阪の出身だそうです)に、「以前、美空ひばりばかりかかっている店がありましたよね?」と尋ねると、
「ああ、ああ、ありました。」
「あのお店はもうなくなっていますね」
「あの店のマスター、っていうか、ママね、亡くなったのよ。癌で」
「ああ・・・・・・そうですか。いつ頃ですか」
「もうだいぶ前よ~。4年ぐらい前かしら」
「ああ・・・・・・そうですか」
「あの店のマスター、っていうか、ママね、いい人だったのよ~。田舎から送ってきた野菜くれたりね」
「ああ・・・・・・」
「これ言っていいのかしら、でも本人も隠してなかったからいいわよね、あのママね、昔、男だったのよ」
「は?」
「奥さんも息子さんもいてね、昔は高岡でバーをやってたんだけど、どうしてだか、あんなふうになっちゃってねぇ、お嫁さんが、いっしょに暮らすのいやだって言うものだから、店の二階に住んでたわ。そりゃねえ、舅が姑になっちゃったんだもんねぇ」
「む、むう・・・・・・」
そういえば、あの店でビール飲んでたとき、夕方近くなったら、突然カウンターのなかでかつらをかぶって化粧というか顔に何か塗りつける的な作業をしてましたよ、あの男みたいな、というか、今まさにかつて男性であったことが発覚したところのママ。しかし、それなのにまったく気づいていなかった僕って、僕の眼って、すばらしく節穴。
それにしても、あの「ママ」の人生はもう失われてしまい、あの「ママ」の人生に何が起こり、何を思って、あの場所に行き着いたのか、そうして毎日、生活保護のおばあちゃんと差し向かいで、どんな気持ちで美空ひばりを聴いていたのか、そういったことのすべてが消え去ってしまいました。もう一度行って仲良くなって、ビール飲みながらゆっくり話を聞いてみたかったな、と思います。
おしまい。