« 2010年10月 | メイン | 2010年12月 »

2010年11月の5件の記事

2010年11月26日 (金)

小6第3回合否判定テスト~採点場から~

11/23は、小6合否判定テスト・小5志望校判定テストが実施されました。

 翌日からの、希学園国語教育講演会『国語の学び方・教え方の秘訣』(11/24~11/26)に臨む西川先生は、採点場で生徒の答案を涼しい顔で採点する合間にも、講演会の予習にいそしんでおりました。

先日のブログでは、「姜尚中氏のような渋い声でしゃべりたいものだと思って、低い声を出す練習をしてみた」などと述懐していましたが、そんな声を出す西川氏を想像すると、姜尚中氏ではなく、戦場カメラマンの渡部陽一氏のようなしゃべり方を想像して夜中に一人吹いてしましまいした。

くだんの回のブログでもうひとつ、「いやあ、これが、あの有名なteacher’s highと呼ばれる現象ですね。」なんて書いていましたが、ランナーズ・ハイは有名でもティチャーズ・ハイは有名じゃないだろ、と突っ込んでおくべきでしょうか。業界内でしか通用しないのです。でも、かくいう私も、17:00ごろは「あかん、もうだめです。今日の授業は急ピン(これも希用語)です、代わってくれる人いませんくわぁ~~~」など弱音を吐いていたのが、22:20ごろには引率から戻り、事務所にいる人をだれかれ構わずつかまえてはベラベラと親父ギャグを炸裂させながらしゃべりまくり、「ほんまに体調悪かったんですかぁ?」とたしなめられた経験は数知れず。ティーチャーズ・ハイは実在する! 信じるか信じないかは、あなた次第です!

さて、長い前置きはさておき。

昨日実施しました小6合否判定テスト国語Sについて。

大問2の9で、共通点を問う問題がありました。

この、「どういう点が同じですか」という問いは、数ある記述の中でもなかなか答えにくい問題です。

「AとBはどういう点で同じですか。」だったら、

「Aの~という点とBの~という点。」では共通点を示したことにはなりません。

ちょっとこれでは具体性がなくわかりづらいので、例題を示します。

例題)日時計と銭湯はどういう点で共通していますか?

という問題があったとして、

「日時計が、太陽が出ていない時や夜間には時間を知ることができない点と、銭湯が、営業時間内に行かなければ風呂に入れないという点。」

という答えは、日時計と銭湯の共通点を示したことにはならないということです。

「自分の好きなときに使用できない点。」「利用できる時間帯が限られる点。」

また、「公共性を重んじていて、個人の便をあまり重視していない点。」

のような一段階抽象的な解答になるはずです。

本文のことばをそのまま用いると、どちらか一方のことだけになってしまうので、自力で共通点を抽出したことば、抽象的なことばを考え出さねばならないのが難しい点です。もちろん、本文中に使える(A・Bどちらにもあてはまる)ことばがあれば、それは使うべきです。

 

共通点を答える問題と対照的な問題、つまり相違点を答える記述問題の場合は、

「Aは~だが、Bは~であるというちがい。」のようにA・B個別に説明して答えるのですが、これも、相違点を明確にするために「反対語的な部分」をきちんと入れておくのがよい解答の条件になるでしょう。

「日時計は太陽が出ていなければ時間を知ることができず、使用できる時間帯が限られているが、機械式の時計は、昼夜・晴雨を問わず時間を知ることができ、どの時間帯でも使用できるというちがい。」

この解答では「時間帯が限られている←→どの時間帯でも」という明確な対立軸が示されているので、よい説明だと言えます。

小5生は小5ベーシックコース国語の講義テキスト№38「変化・異同の記述」の「異の解答パターン」と「同の解答パターン」を参照のこと!

 

うーん。「国語まにあっくす」の趣旨と少しずれてしまいました。入試が近づいていますので、悪しからずご了承ください。

2010年11月20日 (土)

teacher’s high

希学園国語教育講演会『国語の学び方・教え方の秘訣』が、いよいよ数日後に迫ってまいりました。

資料も完成し、リハーサルに余念がない西川です。

手始めに、姜尚中氏のような渋い声でしゃべりたいものだと思って、低い声を出す練習をしてみたものの、ふざけているようにしか聞こえず、却下。

それはまあ冗談ですが、にしても昔にくらべて滑舌が悪くなりました。

「この竹垣に竹立てかけたのは竹立てかけたかったから竹立てかけたのです」を一息で3回言えるというのが私の誇りだったのですが、このあいだひさしぶりにやってみたらもうぼろぼろ。

「姜尚中氏のような渋い声」などという浮かれた考えは捨て、電車の中で小さく「あめんぼ赤いなあいうえお」と口にしてみる今日このごろです。

なんにせよ、きちんとしたお話ができるよう体調をととのえてまいりたいと思っております。

ところで、体調といえば、先日の話。

その日は、朝起きたときから肩こりがひどく、頭が重かったのですが、昼過ぎにはそれが頭痛になり、薬をのんでもまったく効かず、それどころかどんどん悪化し、眼鏡をかけているだけでも頭が曲がりそうなぐらい痛いという、なんだかふらふらの状態で授業に入るはめになりました。

関節痛も熱もなく、喉の痛み、咳、くしゃみといった症状もなかったので、肩こりのせいなのはまちがいないと思いましたが、それにしてもこれほど痛いのはそうそうないことなので、痛みに弱く根性ナッシング・アット・オールlな私は半泣き。

ところがぎっちょんちょんですね。不思議なものです。授業開始のチャイムが鳴ったところで、自暴自棄(やけくそ)な気持ちになって、思いっきり気合いの入った声で「起立」と叫び、いつもどおり「まっすぐ立って前を見ろ、気をつけえ!」とやっているうちに、なんとなく痛みがやわらいだような気が。

これは・・・・・・! と思ってさらに声を張り上げ、「宿プリを出せえ~!」「はよ出せ~!」「忘れたやつはえぐりえぐりぽてぐりぷっしゅんだ~!」とわめいているうちに、不思議なほどすう~っと頭痛が消えていくのでした。

いやあ、これが、あの有名なteacher’s highと呼ばれる現象ですね。

そしてやはり思ったとおり、授業および引率が終了すると同時に、抜け殻のようになってしまうのでありました。

私の頭痛は肩こりが原因なのでどうってことないですが、近ごろあちこちで風邪が流行っているみたいです。百日咳が流行っているとか、おたふくが流行っているとかいう噂もちらほら聞こえてきますので、みなさまどうぞお気を付けください。

それにしても、昔から思うんですが、なぜ風邪をひいてる子にかぎって「しぇんしぇ~」とか「てんてえ~」とか言いながら寄ってくるんでしょうか? 風邪をひいているときだけ懐いてくる子っているような気がするんですが、私の気のせい? 風邪のときって心細いから大人にひっつきたくなるのかしら。

謎だ。

2010年11月14日 (日)

プロはつらいよ

昔からそういうものがあることはあったのですが、最近のドラマは漫画が原作のものばかりのようです。ドラマにするだけの値打ちのあるものなら、漫画であろうと小説であろうと関係ありません。よいものはよい、悪いものは悪いということですから。ただ、最近の風潮は、人気のある漫画が原作なんだから視聴率がとれるだろうという安易な発想に立ったものが多いような気がします。中には、漫画特有のキャラクターの表情やリアクションをそのまま人間に演じさせるという、ばかばかしいものもよく見ます。この安易さはなんかかなしいなあ。少し前のNHKの朝ドラマでも、漫画原作ではなかったようですが、漫画的シチュエーションで某女優が漫画的演技をさせられていました。

この安易さは何でしょう。「一億総子ども化」のせいでしょうか? とくにテレビの世界の幼児化現象はひどすぎます。スタジオの観客に声をそろえて受け答えさせるタモリなどは、おそらく確信犯でしょうが、それに乗せられて、うれしそうに声をそろえている人は幼児そのものです。紹介されたスイーツをゲストが食べるときの、「おいしそうー」とか言う、ほんとにスタジオにいるのかわからない人たちのさまざまな声も同様です。こういった手法は、むかしからテレビ局の手法として使われていたのですが、最近は制作サイドにいる人たち自身、同じレベルに下がってきているようです。大げさな擬音の挿入や画面にスーパーを入れるのは、視聴者を子供あつかいすることで、それをわかっていながらわざとやっていたのでしよう。でも、今はそういう意識もなく、そうすることが当然だと思っているようです。スタッフの笑い声を入れるというやり口も、最初は効果的だったのですが、今では単なる間抜けです。全然おもしろくない場面でスタッフだけが笑っているのですから。

ドラマの場合は、仕事として割り切ってはいるのでしょうが、きちんとした俳優がかわいそうです。そういえば一時期はやったケータイ小説というのはどうなったのでしょう。「泣かせる」小説・ドラマのブームはまだ消えてはいないのでしょうか。「はやっているから」ということで安易に書かれたものは、やはりすぐにすたれるのでしょうか。「(笑)」なんて表現のはいった小説は、こまったものです。座談などではありですが、第三者の記録でもなく、ほんとに笑っているわけでもない、むしろ「笑いの強要」としか思えません。「そんな安易な手段にたよるな、プロが」と思います。死んでしまいましたが、ある女性作家のエッセイで「(笑)」というのを見たとき、やっぱりと思いました。デビューのときから時代に迎合することのうまい人で、いかにもそういうことをしそうな人でした。擬声語・擬態語にたよるような小説も多そうです。プロなら、安易な表現にたよらず、工夫してほしいなと思います。笑福亭鶴瓶のしゃべりも擬声語・擬態語ばっかりですが、これは許す。芸にまでなっていたら、むしろ評価すべきかもしれません。

話をもとにもどすと、とにかく漫画の影響おそるべし、です。ただ、最近の漫画はキャラの区別のつかないものがあります。これもかなしいなあ。髪の毛の色がグリーンや紫なので区別できるのですが、顔は同じです。たしかに顔を線で表現するのは難しいのですが、たとえば山藤章二の似顔絵なんて、線だけでもモデルの人間の特徴を見事につかんでいます。顔文字でも、「顔」に見えるだから、プロだったら、もう少しなんとかせえよ、と思います。昔は「へのへのもへの」「へのへのもへじ」なんてのもありました。最近の子どもはあまり知らないようです。「つるにはまるまるむし」も知らないようだし、ましてや広東料理の「ハマムラ」なんて知るよしもありません。逆三角形状に打った点三つでも、よくよく見ていると顔に見えてきます。

三次元を二次元で表すプロの技というのは、すごいものだったのですが…。何にせよ、本来プロというのはすごいものです。法隆寺の修理の話など、感動します。昔の図面通りに地上で組み立てると、五重塔の屋根の釣り合いがとれないので、妙だなと思いながらも、その通り造ってみて、空高く上げると、屋根自体の重みで、バランスがぴたっと決まったといいます。そこまで計算して図面をかいているんですね。見るからにヤンキー風の金髪のにいちゃんたちが、釘の種類をたちどころに見分けて、「N釘よりNCにして、ツーバイに合わせて……」なんて、専門用語を交えて話しているのを聞くと、思わず尊敬してしまいます。あまりお会いしたくもないし、ふだん接する「チャンス」がないのが残念ですが、プロの掏摸(すり)や詐欺師もきっとすごいんだろうな。

バナナのたたき売りなんて、昔はけっこういましたが、考えてみれば、道ばたで通りすがりの人をつかまえてバナナを売ってしまうのだから、たいしたものです。へびを使って薬を売るおじさんを子供の頃見ましたが、この人はうまいなあと思いました。いきなり地面に棒で大きく○をえがき、こちらを見るともなく見ながら、「この中にはいったらあかんで、へびにかまれるでー」とつぶやいた瞬間、われわれ子供は○の周りに並んでいました。だんだん人が集まってくると、片隅に積んである箱らしきもの(風呂敷がかけられてあって中身が見えない)を見ながら、「この中には猛毒を持った大蛇がはいってる。あとで見せる」と言うものだから、子供はますます離れられなくなる。ところが、このおっさん、毒のない、しょーもない蛇をとり出して、なんやかんや言うのですが、なかなかその毒蛇を見せてくれません。そのうち、飽きてきた大人が立ち去りかけようとすると、「動くな、この中に掏摸がおる。今動いたやつが犯人や」と言うので、誰も動けなくなる。そうこうするうちに、結局おっさんはなんかわけのわからない薬を取り出してきて、それを売りつけるのです。で、最後まで「大蛇」は見せてもらえずでした。でも、みんな満足そうに薬を買って帰るのです。得体のしれない薬がほんとうに欲しかったとは思えません。今思えば、あれはおもしろい話芸に対する木戸銭だったのですね。昔はプロがいたのに、今は「一億総しろうと時代」でしょうか。

2010年11月 9日 (火)

入室時のできごと

先日、教室に入るときのこと。

サービス精神旺盛な私は、ふとした思いつきで、朝からがんばっている塾生諸君をほんの少しだけ笑いで癒してあげようなんて考えてしまったわけです。

で、手始めに、ドアの隙間に顔半分だけ押しつけて、教室内をのぞきこんでみました。

くすくす笑い声が起きます。

そこで次に、ドアの隙間から右足だけ入れてみました。

さらにくすくす笑いが広がっているので調子に乗って、その右足をくねくねさせてみたりして。

ますますうけているみたいなのでようやく満足し、「こんちは~」てな感じで教室に入って、さっと血の気がひく私。

やってしもうた・・・・・・。

保護者の方が見学に入っていらっしゃったのでした。

しばらくのあいだ授業はしどろもどろになりました。

2010年11月 4日 (木)

『国語の学び方・教え方の秘訣』

月末に『国語の学び方・教え方の秘訣』というタイトルで、教育講演会みたいなことをやります。

で、今、その準備にいそしんでいるところです。

「いっちょ、そういう講演会をやるか」という話になったときには、「話すことなんていくらでもあるぜ、おいらにまかしときな」と強気に考えていたんですが、いざ準備を始めてみると、話したいことがあり過ぎてまとまらないという事態に。

だいたい講師なんて教えたがりですから、次から次へと話したいことが湧いて出てくるんですよね。

希学園の進学説明会その他にお越しになったことがある方ならば、講師が明らかに自分の持ち時間を超過してしゃべりまくり、満足そうに出ていくのを目撃されたことがあるはず。

私もこの春の入試分析会では散々やらかしました~。いつもは時間通りに終わることが多いんですけれど、入試分析会のときはちょっと。時間設定が苦しかったです。

その点、今回は国語だけ、私だけで1時間! ついに私の時代が来た! 夢のビッグ・ショーだ!

と興奮してあれこれネタを考えていたら収拾がつかなくなってしまいました。とほほ~。

とにかく役に立つ、そして元気の出る話にしたいと思っています。

時間オーバーしないように気をつけますのでぜひ足をお運び下さい。

このブログについて

  • 希学園国語科講師によるブログです。
  • このブログの主な投稿者
    無題ドキュメント
    【名前】 西川 和人(国語科主管)
    【趣味】 なし

    【名前】 矢原 宏昭
    【趣味】 検討中

    【名前】 山下 正明
    【趣味】 読書

    【名前】 栗原 宣弘
    【趣味】 将棋

リンク