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2012年8月 9日 (木)

本日、これまで!

うまいなと思える最近の噺家(はなしか)と言えば、東京ではやはり立川談春でしょうか。安心して聞けるのですが、やや暗いところがある。陰陽で言えば、陰なのでしょうか。陰は陰の良さがあるとはいうものの、やはりちょっと重たいです。枝雀も本質は陰でした。それを過剰な演出で無理矢理陽にしてたのですね。それに比べると、志の輔は陽なのでしょうか。ときにあざとすぎることがありますが、さすがに笑えるし、聞かせます。若手では、三遊亭兼好という人が陽で、いいですね。好二郎と言ってたころから、東京の二つ目の中では光っていました。聞きやすい声質で、いやみがなく、好感が持てます。春風亭一之輔も、じつは陰だと思いますが、笑いのツボは知っており、たまに吹き出すことがあります。

関西では『ちりとてちん』をきっかけとして出てきた、吉朝の弟子の吉弥がやはり本命でしょう。『ちりとて』が終わって知名度も上がったころ、テレビ・ラジオで忙しかったのか、生で見たときは顔色もあまりよくなく、疲れてるなあと思いましたが、いまはいい感じになってきています。おとうと弟子にあたる桂よね吉も悪くありません。そして、じつはいちばん期待してるのが米團治です。襲名してから大きくなる、というのはよくあることですし、もともと華のある人でした。志ん生や圓生も、若い頃は下手だったと言います。小米朝時代には軽く見られていましたが、親父が米朝というのは、家康に比べられる秀忠みたいなもので、ある意味ではハンデです。でも、若旦那などは地のままでやれるし、上品で、にくめん若旦那になってます。大旦那を演じるのも年齢的に無理ではなくなってきました。この人は、これから化けるような気がします。だいたい二代目はきびしめに見られるのですね。八方の息子も甘ちゃんでどうしょうもなかったのが、ほんの少しましになってきました。春蝶はこれからでしょう。若くして死んでしまったお父ちゃんの先代春蝶は『ぜんざい公社』や『昭和任侠伝』などもおもしろかったけど、じつは古典もうまかった。長い話は体力が続かんので、途中で死ぬかもしれんという前ふりを聞いたこともあります。阪神ファンとしては、八方といい勝負でした。ただ、甲子園に行くと阪神が負けるというジンクスがあって、負けた試合で姿を見られて、「おまえのせいで負けたんじゃ」と、酔っ払いのおっさんにボコボコにされたとかいう伝説も残っています。あの司馬遼太郎も春蝶ファンだったそうですが、息子にもがんぱってもらいたいものです。繁昌亭も人気でなかなか見られなかったのが、やっと落ち着いてきたようなので、なま落語を見たことのない人は是非とも行ってみてください。連続で聞いて、だんだんあたたまってきたころに笑いのツボにはいると、噺家が何も言わなくても笑ってしまうようになります。

『てれすこ』という落語のもとねたが『沙石集』という鎌倉期の説話集にのっているということを前にも書きました。大河ドラマの平清盛では、崇徳院が「あんたがたタフマン」扮する白河の子で、おもて向きは自分の子として育てねばならなかった鳥羽院が崇徳のことを「叔父子」と言っていたというエピソードを前半の中心にすえていましたが、この話は『古事談』にしかのっていません。『古事談』は、『沙石集』と同じく鎌倉期の説話集です。最近は出版されているようですが、少し前までは簡単に入手できなくて、じつは原文で読んでいません。私が読んだのは志村有弘が30年くらい前に新書の形で出した抄訳です。ゴシップ色が濃厚で、編集者の源顕兼は当時を代表するような教養人だったのでしょうが、そういう人にかぎって、ワイドショー的な話題が好きなんですね。

『三軒長屋』という落語があります。三軒続きの長屋の右端には鳶頭(とびがしら)の政五郎が住んでおり、荒っぽい連中が出入りして大騒ぎする。左端は武士の道場になっていて、稽古でどったんばったん、うるさいことこの上ない。そこで真ん中の金持ちが両隣をたたきだそうと計画する。それを知った両隣は、引っ越しをするので引っ越し代を出せと言ってくる。五十両ずつを渡した金持ちが、どこに引っ越すのかと聞くと、「あっしが先生のところへ越して、先生があっしのところへ」。圓生で聞いても志ん生で聞いてもおもしろい話です。これももとねたがあって、中国の『笑府』という本だそうです。大岡政談も落語に取り入れられたりしています。ところが、大岡越前を主人公にした話の多くは、中国の裁判実例集『棠陰比事(とういんひじ)』がもとねたです。井原西鶴の作品に『本朝桜陰比事』というのがありますが、もちろん、『棠陰比事』を下敷きにした題名です。要するにパクリですな。馬琴の『南総里見八犬伝』が『水滸伝』を日本に移しかえたものであることはあまりにも有名です。もとの「百八」からあえて百をとって「八」にしたのは、もとねたに対する敬意の表れです。

『八犬伝』は大長編で、最後の方は張った伏線の回収、全登場人物のその後ばっかり書かれているらしいので、私も岩波文庫全十冊のうち、五冊目ぐらいで脱落しましたが、魅力ある作品のようで、何度も映画化・テレビ化されています。映画『新・里見八犬伝』は薬師丸ひろ子・真田広之主演でかなりヒットしました。そのころ見ても、「さすが角川やのう」としみじみ嘆かせてくれるトホホな映画でしたが、今見ると、そのトホホさ加減が新鮮なのではないかと思います。べつに見たくもありませんが、玉梓をやった夏木マリだけは見てみたいような。NHK人形劇でやってた『新八犬伝』は評価が高いようです。辻村ジュサブローの人形も気色悪くてよかったし、語り手の坂本九の「因果はめぐる糸車」というフレーズも印象に残っています。そのあと「なんたらかんたら風車、わが家の家計は火の車、車は急には止まれない」とか言ってたような気もしますが、記憶ちがい? 網乾左母二郎(あぼしさもじろう)という浪人が出てきて、名を問われると、なぜかいつも甲高い声で、「さもしい浪人、網乾左母二郎でーい!」と言ってました。「さもしい浪人」は「左母二郎」にかかる枕詞なのですね。しかし、自分で言うこともないじゃろ。このことば、わが家では流行語になりました。意地汚いことをしているのを見とがめて、「さもしいやっちゃなー」と言うと、「さもしい浪人、網乾左母二郎でーい!」と返さねばならない掟でしたな。番組ラストの九ちゃんの決めぜりふはたしか、こうでした。「本日、これまで!」

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