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2021年8月の2件の記事

2021年8月27日 (金)

住吉オリオン説

JR東日本が公募した、芝浦にできる新しい駅の名として、「芝浜」を予想する人が結構いましたが、結局「高輪ゲートウェイ駅」に決まりました。ネット上では「芝浜だけに、夢になっちゃった」という書き込みが多かったとか。円朝がこの話をこしらえるのにどれぐらいの時間がかかったのか。これは三題噺です。お客から三つのお題をもらい、そのお題に入れ込んで即興で作るんですね。即興と言っても、ある程度の時間はもらえるらしい。

円朝が作った『鰍沢』というのも「卵酒」「鉄砲」「毒消しの護符」の三題噺だと言われます。これはやはり圓生がうまかった。オチがだじゃれになっているのも、それまでのハラハラドキドキを受けて「緊張と緩和」になっていて、必ずしも欠点になっていません。圓生の十八番としては『御神酒徳利』というのがあります。これは「天覧落語」にもなりました。

あるお店の大掃除の日、家宝の御神酒徳利をとられないようにと、番頭の善六が水瓶の中に沈めておきます。ところが、そのあと徳利がなくなったと大騒ぎ。善六は家に帰ってから、自分が水瓶に入れておいたことを思い出したが、今さら言えません。女房の入れ知恵で、そろばん占いで徳利のありかを占うと言い出して、見つかったことにします。たまたまその日に泊まっていたのが、鴻池善右衛門の番頭で、善六は大坂まで連れて行かれることになります。鴻池の娘が病気で床についているので、善六に占ってもらいたいと言うのですね。道中の宿屋では、財布がなくなったという騒ぎが持ち上がっており、善六が占いで犯人を見つけることになってしまいます。そんな力はないので、善六が夜逃げの支度をしていると宿の女中が部屋に訪ねてきます。女中は、病気の親に仕送りしたくて、つい手を出してしまったと、財布の隠し場所も白状しました。善六は、宿の庭で祀っているお稲荷さんの祟りだと言って、財布のありかを見事当てます。鴻池の番頭はすっかり善六を信用して、間もなく鴻池の屋敷へ連れていきますが、困ったのは善六で、「苦しい時の神頼み」と水垢離を始めます。すると、宿屋の稲荷が夢枕に立ち、「お前のおかげで『あの稲荷には効力がある』と評判になった。お礼として娘の病気のことを教えてやろう。この屋敷の隅の柱の下に埋もれている観音像を掘り出して崇めたら娘の病気は全快間違いなし」と言います。そのとおりにすると娘の病気がなおりました。善六は莫大な礼金をもらい、江戸に帰って立派な旅籠を建ててそこの主人におさまって、生活はケタ違いによくなります。「ケタ違いになるわけです。そろばん占いでございますから」というオチです。

この落語を圓生は昭和天皇の前で口演しました。つまり、「天覧落語」ですね。「天覧相撲」と言えば、天皇陛下が国技館でご覧になる相撲のことです。「天覧試合」となると、ふつう、昭和天皇が後楽園球場でご覧になった、巨人対阪神の試合をさします。長嶋が村山からサヨナラホームランを奪った、という実に腹立たしい試合ですね。その15年ぐらいあとに圓生が「御前口演」したわけですが、こういう下世話な落語を天皇がどれだけ理解できたのでしょうね。江戸っ子が登場して啖呵を切るような話ではないので、まだマシかもしれませんが…。コテコテの大阪弁の出てくる上方落語などはどうでしょうね。生粋の大阪人でもいまや理解できない言葉が頻出してきますから。

もとの言葉はふつうでも、音が変化してわかりにくくなるものもあります。「別状ない」ならわかっても「べっちょない」とかなると、とたんにわかりにくくなります。こういう音の変化というのは結構頻繁に起こります。たとえば「神戸」という地名でも、「かみへ」から「かんべ」になり、「こうべ」に変化していくわけですね。この「かみへ」というのは、「神の村」という意味です。「三宮」あたりは生田神社の摂社として三番目の宮があったので「神の村」と呼ばれたのでしょう。

生田神社には「一宮」から「八宮」までの摂社があったそうですが、ふつう「一宮」とは、ある地域の中で最も社格の高い神社のことで、ややこしいですが生田神社は「摂津一宮」ではないのですね。「摂津一宮」と呼ばれる神社は二つあって、一つは誰しも納得する「住吉大社」です。もう一つはややマイナーな「坐摩神社」です。大阪市のど真ん中にあり、地名も「渡辺」と言いますから、まさに「ザ・大阪」ですね。頼光四天王のトップ渡辺綱は嵯峨源氏のうちの有力氏族で、大阪を支配下に置いていました。坐摩神社は渡辺の津の守護神ということになります。ただ、この神社は名前がなかなか読めない。地元の人でさえ音読みして「ざまさん」と読んでいますが、正しくは「いかすり神社」と読みます。「坐」の字は「すわる」という意味で、すわることを古くは「いる」と言いました。「いても立ってもいられない」とか「立居振舞」のように「立つ」に対するのが「居る」です。「摩」は「摩擦」で使うように「する」という意味です。「する」が元になって、「こする」「さする」「なする」などのことばが生まれました。「かする」も同様です。ということで「坐摩」は「い・かすり」と読めるのですね。

まあ、たしかに日本の神様の名前は難しい。「天照大神」のレベルでも、知らないと「てんてるだいじん」とか読みたくなります。アマテラスは太陽神のようなので、これとセットになるのは「月読命」です。「天照大神」の弟で月の神なのに、かたや「大神」、かたや「命」で、知名度も低く古事記にもほとんど登場しません。さらに、その弟の須佐之男になると、完全にアンバランスです。風の神のようなのですが、太陽と月と並ぶものとして「風」というのはちょっと妙です。名前の「すさ」は「吹きすさぶ」から来ているので風の神なのだという説以外に、「須佐地方の男」という意味で、出雲国の須佐のあたりに住んでいた族長の神格化だという説もあります。たしかに出雲系の神様のような感じです。命名法としても、アマテラスやツクヨミのような抽象的なものと違って、具体的な地名がはいっているのなら、別系統の神様かもしれません。摂津一宮の住吉大社の神様は、住吉三神と言って、底筒之男命・中筒之男命・上筒之男命の三柱ですが、このネーミングは実にイージーです。ただ、名前に共通する「筒」は「星」を意味していたことから、オリオン座のベルトに三つ並ぶ星のことだという、スケールの大きな説もありますが、どんなものやら。

2021年8月 8日 (日)

少しスマホを見直しました

4月からスマホユーザーになり、当初は文句ばかり言っていた私ですが、いいところも少しはある、というのがスマホに対する最近の感想です。先日山登りに行ってそう思いました。

1 今歩いているところがどこか、すごくよくわかる!(スマホに切り替えた最大の理由です)

2 美麗な写真を即座にかつ一斉にLI◎Eで希学園山岳部(非公認)の人々に送りつけられる!

このぐらいではありますが、これまでにない山行スタイルが楽しめました。

剱岳やら立山に登るときは私は基本的に富山側から入ります。富山から地鉄(富山地方鉄道)で立山駅まで行き、そこから標高差500メートルをケーブルカーで一気に美女平というところまで引っ張り上げてもらいます。で、さらにバスで1時間ほどぐるぐると室堂平というところまで登ります。途中、弥陀ヶ原という大変気持ちのよい高層湿原があり、室堂平から弥陀ヶ原までは何年か前に歩いたことがあるのですが、一度立山駅から弥陀ヶ原まで通して歩いてみたいなあと思っていたので、スマホの使い勝手を確かめる目的もあって、行ってきました。

今年は梅雨入りが早かったので午前中はつらい山行になりました。さいわい、美女平にたどりついたころには雨もやみ、さあ、ここからは木道歩きが中心で歩きやすいし道に迷うこともないしルンルンだぜと思っていたのですが、とちゅうから趣が変わっていきました。

はじめのうちはこんな感じだったのですが、

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標高が上がるにつれてこんな感じになりました。

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ここで威力を発揮したのが、スマホであります。GPS機能を使って、ダウンロードした登山地図に今自分がさまよっているところを落とし込むことができるのです。おまけに、その地図には、他の登山者たちの足跡がたくさんドットされているので、そのドットの濃いところから逸れないように歩けば、まず道迷いはないというわけです。ついに時代に追いついた! だいぶ人より遅れていますが、感激しました。

しかし、雪解け期だったので、雪に埋もれていた木々の枝が突如として跳ね上がり、顔をひっぱたかれたりして怖かったです。

じつをいうと、その前にもべつの山に登っており、そのときもすでにスマホユーザーだったのですが、その山(西穂高岳といいます、飛騨山脈=北アルプスの山です)は雪の上にしっかりと他の登山者の踏み跡が残っていたため、道迷いの心配がなくGPSの出番もなかったのです。

こんな感じのところを登って(これは下山中に撮影したもので、よくよく見るとちょうどどまんなかに小さくべつの登山者の姿が見えます、こいつは、もといこの方は雪山初心者っぽい同行者を置き去りにしてさっさと下山していくスパルタな人でした)、

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こんな感じの山頂にたどり着きました。

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このあと、山小屋まで降りてきたころにはなぜか猛烈な頭痛に襲われ、息絶え絶えになりながらテントを張り終えるや、爆睡してしまいました。たぶん熱中症的なものだ思います。つい水分補給を忘れて夢中になって登ってしまうので。猛暑の夏、みなさまもお気をつけください。

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