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2022年1月22日 (土)

イライザの「べらんめえ」

関西では、悪戯盛りの男の子や、大人でもならず者のことを「ごんた」と言いますが、これは芝居の『義経千本桜』に登場する「いがみの権太」から来ているようです。もともと無法者だったのが改心し、自分の妻子を平維盛の妻子の身代わりにして自分も死ぬという、芝居の中ではなかなかの重要人物です。「いがみ」というのは「いがみ合う」ではなく、「ゆがみ」ではないかなと思います。つまり、性格的にちょっとゆがんでいるということでしょう。この「権太」から、手に負えないような腕白者そのものや、その言動などを「ごんた」と言うようになったらしい。とくに、子供の場合は「ごんた坊主」と言いますが、「ごんたくれ」という言い回しもあります。この「くれ」は何でしょうか。「土くれ」ではなく「何くれ」「だれくれ」の「くれ」かもしれません。「そのような人」みたいな意味で、「荒くれ」とか「端くれ」なども同じ使い方でしょう。「飲んだくれ」の「くれ」も関係がありそうです。「飲んだくれる」という言い方もありますが、これから生まれた名詞ではなく、逆に名詞に「る」をつけて動詞化したのではないでしょうか。ただし、音の変化を考えると「切れ」が「くれ」に転じた可能性も否定できないでしょうし、「やから」「うから」の「から」の転かもしれませんが…。

では、「あほんだら」の「だら」は何でしょうね。「太郎」のような気がしますが、「だらすけ」という形で「愚か者」の意味で使うこともあるので、それと合体したのかもくれません。「だらすけ」はおそらく「だらだら」「でれでれ」などの擬態語が元になっているのでしょう。「阿呆陀羅経」という、いかにも語源のようなものがありますが、これは幕末ごろに発生した時事風刺の俗謡のことで、むしろ「あほだら」と「陀羅尼経」をかけた言葉だと思われます。夢野久作の『ドグラマグラ』の中にも登場します。「あんぽんたん」も、「あほんだら」が転じたものでしょう。

「ぬけさく」の「さく」は、「たごさく」の「さく」でしょうか。「田吾作」は農民または田舎の人をいやしめて呼ぶ言葉で、商品名や店名であえて使うこともありますが、差別的な意味合いがこめられることが多いようです。「ぬけさく」も「間抜け」を人名めいた形にしたもので、当然悪口になります。「ぼけなす」の「なす」はどうでしょう。こちらは野菜ではないかと思われます。「ぼけた茄子」つまり色つやのあせたナスということから、 ぼんやりした人という意味で使われたのでしょうか。「どてかぼちゃ」という言葉もあるので、「なす」は「茄子」の可能性が高いでしょう。

「すっとこどっこい」となると意味不明です。江戸落語でよく聞く言葉で、音の感じからそれほど相手を傷つけないようなニュアンスがありますが、悪口は悪口です。「すっとこ」は「裸」、「どっこい」は「どこへ」の意味だという説があって、「裸みたいな恰好でどこに行く?」ということらしいのですが、もっと単純に祭りなどで使う囃子詞(はやしことば)と考えたほうがよいかもしれません。「ヤーレンソーラン」のように、はじめは何らかの意味があったのかもしれませんが、調子をあわせるためのかけ声になったものです。「どっこい」は相撲の「どすこい」とも関係がありそうですし、「どっこいしょ」ともつながります。「すっとこ」は単にそれに音を合わせただけで、とくに意味はないのかもしれません。前にちょっと触れた「あんけらそー」みたいな感じでしょうか。

意味不明のほうが、悪口というか罵倒語にはふさわしいような気がします。「てやんでぇ、べらぼうめ」の「べらぼう」も何のことだかわからない。日本語には罵倒語が少ないとよく言われます。旧約聖書でさえ、罵りや呪う言葉で溢れており、それに比べると日本人は平和を愛するおだやかな民だから…と言われますが、単語としては少ないとしても、江戸時代など、ことば遊び的な感じでやり返すことは多かったような気もします。「おまえのかーちゃん、でべそ」なんて、兄弟げんかで言うと訳がわからないことになるようなものまで含めて。もちろん、平和憲法下、昨今では口喧嘩のボキャブラリーは減ってきているのでしょうが…。

いまどきべらんめえ口調で喧嘩する人は皆無でしょう。落語ぐらいでしか聞くことはありません。談志はさすがにこういうのはうまかった。志ん朝も、「大工しらべ」などではなかなかのものでしたが、いまや「江戸っ子」の噺家なんて存在しません。地方出身の人も多いし、東京出身でも江戸っ子の啖呵を切れる人なんて、いやしないでしょう。その点、大阪では、巻き舌でドスの利いた言葉をあやつれる人はその辺にも結構いますが…。

よく英語でけんかできれば一人前だと言います。もちろん、英語の「スラング」を知っておく必要もありますし、とっさにそんな言葉が出てくるためには、母語レベルに使いこなしておかなければなりません。ただし、そういうのは教科書では覚えられないのですね。駅前留学でもなかなか難しそうです。英会話スクールでは、英語の「共通語」を教えてくれるのでしょう。ただ、厄介なのは「英語」と言いながら、「アメリカ語」と「イギリス語」ではかなり違うのですね。そこにもってきて「方言」が存在するわけで、ロンドン訛りとかテキサス訛りがあるということになります。そういう訛りのある人に習うと、ちょっとまずいことになるかもしれません。外国人が学ぶ日本語スクールで大阪出身の人が教えると、微妙にアクセントが違うなんてことも起こるのと同じです。

「イギリス」と一口に言っても、イングランドとウェールズでは発音など微妙に違うだろうし、スコットランドやアイルランドとなると、かなり異なるでしょう。よくクイーンズ・イングリッシュとかキングス・イングリッシュと言いますが、これは文字通り上流階級が使う発音で、BBCの放送標準となるものです。つまり、日本で言えばNHKのアナウンサーの言葉ですね。ところが、首都ロンドンの人口の大部分を占める労働者階級は、「コックニー」と呼ばれる言葉を使っていました。『マイ・フェア・レディ』で、ヒギンズ教授が下町生まれの花売り娘イライザをレディに仕立て上げるために発音を矯正したのが、この「コックニー」です。要するに、イライザは「てやんでぇ、べらぼうめ」と言っていたわけですな。

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