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2010年9月27日 (月)

ボストン美術館展をみにいきました

8月下旬、灼熱の京都に絵を見に行きました。

人がいっぱいでした~。

シスレーの風景画が見たくて行ったんですが、で、もちろんシスレーの絵はとても素敵だったんですが、入ってすぐのところに展示されていたエル・グレコの宗教画がたいへん印象的でした。『祈る聖ドミニクス』だったかな?

ぼくはクリスチャンではないのですが、なんといったらいいんでしょう、絶望的に神を求めるとでもいうんでしょうか、そういう切迫した心情が惻々と伝わってくるような気がしました。「敬虔」とはこういうことではないのか、と思わせるものがありました。

クリスチャンではないんですが、キリスト教には微妙に縁があります。

まず、幼稚園が『サンタマリアガーデン』というところでした。なんせ、先生のこと「シスター」と呼ぶんです。ぼくが教わったのは、シスターアンヘラ。名前はアンヘラですが、もちろん、ばりばりの日本のおばちゃんです。やさしく、おだやかな人でした~。

サンタマリアガーデンには半年ほどしかいなかったのですが、もっとも印象に残っているのは、「イエスは幼子を愛された」という話です。子ども心に癒されるといいますか、ぼくの無根拠な自己肯定感の、源のひとつになっているような気がします。無邪気でさえいれば、いつまでもイエス様が愛してくれるはずだ、という。

だから今でも子どもっぽいのか?  ・・・・・・ちっ。

大学は、哲学科に進んだんですが、カントとかハイデガーとかそういうかっこいい西洋哲学ではなく、「宗教学宗教史」というあやしげな専攻でした。

神学を研究している人がおり、アンチキリストを標榜する人がおり、日蓮正宗のお寺の息子がおり、インドネシアからの留学生(もちろんイスラム教徒)がおり、ただのインドマニアがおり・・・・・・と、今考えるとなかなかワンダーランドでした。もちろんぼくのような無宗教の人間も多数。

秋になると芋煮会という行事がありまして、河原や広場に行ってみんなで里芋と豚肉を煮て食べるんですが、ふとアメリア(インドネシアからの留学生)を見て、あっ。

「アメリア、それ豚肉なんだけど・・・」

「これ?」

「ちょっとまずいよね」

「まずい? おいしいよ?」

「いや、その、イスラム的に」

「うふふ、しかも今断食期間~」

といってアメリアはうまそうにビールを飲み干すのであった。

ま、イスラム教徒にもいろいろいるということですね。すごい美人で、自転車のことを「ちゃりんこ、ちゃりんこ」というのがとてもかわいかったですね。日蓮を読んではりました。ちゃんと漢文で読むんですよ! すごい才媛!

それはともかく、その研究室で『宗教学実習』だったかな、そういうあやしげな時間がありました。市内の宗教施設を大学院生の先輩と二人で訪問し、アンケート調査をしてくるんです。

神道系の班と仏教系の班、それからキリスト教系の班に分かれているんですが、ぼくはキリスト教系の班に。コンビを組んだ先輩はキルケゴールの専門家で、なんとデンマーク語がばりばりにできるという人でした。

「なに、サンタマリアガーデン? 西川、おまえもキリスト教系の幼稚園に行っていたのか? ということは、クリスマスにキリスト降誕の劇をやっただろう?」

「・・・・・・はっ! いわれてみればやりました」

「何の役だ?」

「・・・・・・! 羊飼いです。三人組の羊飼いのひとりで、星をみて、『あ、あれはなんだろう』って叫ぶやつの横でぼけっとしている役でした!」

「羊飼いの役というのは、いい役なのだ。」

「えっ、そうなんですか?」

「迷える子羊を導くのが羊飼いだからな」

「なるほど。」

「その点俺は、身重のマリアと夫のヨセフ(イエスの親ですね)に一晩泊めてくれと頼まれて冷たく断る宿屋の主人の役さ。・・・・・・筋金入りのアンチキリストなのさ、ふっ。」

「そんな役、園児にさせるのもどうかと思いますけど・・・・・・」

というわけでその先輩と実にさまざまなキリスト教系の施設(要するに教会、あるいはそれに類したところ)を訪問しました。

先輩が、「西川のいるうちに、できるだけ『一般的ではない』教会に行く」と宣言したため、なんというのか、いわゆる『一般的な』カトリックやプロテスタントの教会ではなく、どちらかというマイナーな、強烈なインパクトのある宗派のところにたくさん行きました。「西川のいるうちにって、どういう意味やねん」と思いながら・・・・・・。いや、そのころは関西弁をまったく使っていなかったので、「西川がいるうちにって、いったいどういう意味なのさ」みたいな感じか。

まあ、そういったいくつかの縁があるために、キリスト教関連のことがらには今でも多少の興味があり、ときどき聖書を読み返したりします。

聖書に書かれているいくつかのことがらは、中学入試でも「知っていてあたりまえの常識」として文章のなかに出てきたりしますから、コンパクトにそのあたりのことがわかる本を読んでおくのもいいかもしれません。

アダムとイブの話、バベルの塔の話、ノアの方舟の話、あとは・・・・・・何でしょう、それこそこのまえも書いたイスカリオテのユダの話あたりは一般常識とみなされているように思います。

すっかり絵の話ではなくなってしまいましたね。

ま、いつものことさ。

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