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2012年10月23日 (火)

あほ三段活用

英語やフランス語を日本人がいかにもそれらしく発音するのはよくありますね。「麻布十番」を「アザブジュバーン」、「タコの足八本イカの足十本」をフランス語風に言うのはよくあるネタです。いっとき「パンにハムはさむにだ」という韓国語風もはやりました。「イッヒフンバルト、ダスベン、フンデルベン、ミーデルベン」というドイツ語風がはやったときはなかったようです。

外国語に聞こえる日本語もあります。日本語の「ありがとう」がなかなか覚えられないアメリカ人留学生に先輩がワニを思い出せとアドバイスをした。「アリゲーター」ですな。その男、まさに感謝の気持ちを表す場面に出くわして、ワニワニと思って、うれしさのあまり思わず言ってしまった。「クロッコダイル!」、というしょーもない話があります。逆バージョンでは、その昔、ロンドン行きの切符を買おうと思った日本人、出札口で「to London」と言うと切符が2枚出てきた。「to」ではなく「for」だったかなと思って、「for London」と言うと4枚出てきた。困って、頭をかきながら「えーと、えーと…」と言ってると8枚出てきた、という、いかにも「こんな話作ってみました」という話もあります。「ウエストケンジントン」を武田信玄と言ってしまう話は前にも書きましたが、結局は微妙な発音が難しいということでしょうか。

日本語でさえ聞き間違えることってよくあります。「お茶のむがな」が「織田信長」に聞こえたり、「神のみぞ知る」が「カニの味噌汁」に聞こえたり、「元気そうにしてた」が「便所掃除してた」に聞こえたり、というのはよくあります。「数パーセント」は当然「スーパー銭湯」、『涙そうそう』という歌を「灘高校」の校歌だと思うのもよくあることです。聞き間違っても、自分の知ってることばと無理矢理結びつけるのですね。滑舌悪い芸人が音声検索をしたらどうなるか、という実験をやっていましたが、結果はムチャクチャでした。「お寿司」が「猛暑日」になったりするんですね。とにかく無理矢理でもあわせようとする機械のけなげさよ。そういえば、スキャンしたものを文字認識するソフトも初期のころはひどかった。「98パーセント正確」って謳い文句を見ると、なかなかのもんやなと思いますが、100字のうち2字まちがえる、ってことです。400字詰原稿用紙なら8字も違うてるんですな。その頃は、「詩」が「鬱」になるように、似ても似つかない字になることが多かったので見つけやすかったのですが、性能が上がってくると厄介なことも起こります。「小鳥」が「小烏」になってても、それほどの影響はないかもしれませんが、「ヘビ」が「へど」になると、つらいものがあります。原文の「ヘビがくねくねと動く」がシュールな光景になります。「美しい模様のヘビ」って、想像すると気分が悪くなって、ヘビが出そうです。

きたない話になりました。美しい話にもどしましょう。日本人が「美しい日本語」をあげてくれ、と言われると、意味を考えて「ありがとう」とか言いますが、音だけ考えてみたら、アリゲーターですからね。中国人留学生に美しい日本語を聞いたら「かたくりこ」と答えてました。音がおもしろい、と言ってましたが、そう言われれば「かた・くり・こ」の三つのパーツがそれぞれK音で韻をふみながら、ア段ウ段オ段と微妙に変わっていき、「かた」で機械音的なかたい音のあと、「くり」という回転するような音を続けて、最後の「こ」でピシッとしめる感じで、なかなかおもしろい。万葉集の「いわばしるたるみのうえのさわらびのもえいずるはるになりにけるかも」は、ラ行音が「る・る・ら・る・る・り・る」と連続します。特に後半の「もえいずる・はるに・なりに・けるかも」はラ行のアクセントがきいています。「の」三連発も含めて、岩の上を勢いよくなめらかにすべっていく春の川の流れのイメージが伝わってきます。万葉集の中で、人気投票をすればベストテンにはいる歌だと思いますが、このリズム感が大きいようです。

ただ、ラ行は巻き舌になりやすいのですね。巻き舌になると、リズム感もありますが、反面、乱暴でがさつな感じもします。江戸っ子の「べらんめえ」ですね。「てやんでぇ、このべらぼうめぇっ!」ってやつです。でも、巻き舌でポンポンと啖呵を切るのはなかなかいい。まあ、いまどき聞くことはないので、落語か時代劇になります。志ん朝や談志のテンポの良さは、聞いてて快感でした。だから、巻き舌と言うと江戸っ子のトレードマークのような感じがするのですが、じつは大阪、河内あたりの巻き舌のほうがきつくて迫力がある。「あなたは何をなさっておられるんですか」を「われ、何さらしてけっかんじゃ」と言う、アレですな。「何をおっしゃっておられるのですか」は「何をぬかしてけつかるんじゃ」が短縮されて「なんかしてけっかんじゃ」になる。もはや日本語とは思えません。東京の「ばか」が、「あほ」「あほんだら」「あんどぅわらぁー」と三段活用をして、巻き舌のrrrrrrrがはいると、「おしっこちびりそ」状態になります。吉本でもようやっていましたな。「頭スコーンと割って、ストローで脳みそチューチュー吸うたろけ」とか「鼻の穴から割り箸つっこんで、下からカッコンしたろか、ワレ」とか言って、相手がひびって逃げたあと、急に「怖かったー」と可愛い子ぶりっこをして、みんなこける、という定番のギャグもありました。河内弁は、広島弁とならんで、どんな言葉にも迫力では負けない最強言語かもしれません。「あー? なんだと、てめえ、舐めた真似すんじゃねーよ」なんて、可愛いものです。京都弁も喧嘩には向いてないような。「なんどす、それ、ドスどすか」って、ずっこけそうです。

むかし、巻き舌ができない人はドイツ語を習うのは無理と言われて、第二外国語でドイツ語を選んだ友人たちは嘆いていました。順番にあてられて、一人ずつ立ち上がって「レロレロレロレロー」って言わされたそうです。「テテテテテー」と言って舌を噛んだやつは、来週までにできるようになっておけと言われたー、と言うて泣いてました。でも、イタリア語やスペイン語も、フランス語もロシア語も巻き舌ができんとしゃべれんでしょう。ロシア人で巻き舌ができない人は自分の国の名前を言うとき、「テテテテテテ」って、舌がつっちゃんでしょうか。

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