瀬戸内ジャクソン
ツチノコの賞金で二億円もらえるというのなら、懸賞金で生計を立てようという人が出てきても不思議ではありません。ジェフリー・ディーヴァーという人の小説が面白いので、よく読みます。事故で四肢麻痺状態となり、自分では動くことができない天才科学捜査官リンカーン・ライムを主人公とするシリーズ、そこから派生した、女性捜査官キャサリン・ダンスのシリーズ、どちらも相当面白い。比較的最近誕生したのがコルター・ショウのシリーズで、主人公コルター・ショウは「賞金稼ぎ」です。アメリカでは、失踪人や逃亡犯に懸賞金がかけられることがよくあるのでしょうか。彼は現地に赴いて調査に着手するのですが、当然いろいろな犯罪に巻き込まれていくことになります。この場合、「賞金稼ぎ」が一つの職業になっているのですね。
ジェフリー・ディーヴァーは「どんでん返しの魔術師」と呼ばれることもあるぐらいで、その作品は一筋縄ではいきません。一旦落ち着きかけた事件が大きくひっくり返り、犯人だと思われた人物が真犯人ではなく、真相はこうだったのかと思わせた瞬間、また大きく局面が開け…という感じで、思いがけないところに話が展開していきます。もちろん、巧妙に仕掛けられたミスリードや張り巡らせた伏線がなければ、読者は不満を感じます。今までまったく登場していなかった人物がいきなり現れて、こいつが犯人だと言われても納得できません。ジェフリー・ディーヴァーは、そのあたりも実に巧みです。ただ、そういう定評があると、読者のほうも、きっとどんでん返しがあるに違いないと、あらかじめ想定するので、作り手としては、だんだんやりにくくなるのではないでしょうか。「どんでん返し」があると思わなかったところに、それが効果的に使われると、「やられた!」感が味わえ、読んだ後の満足感が増加するのですから。
でも、やはり「どんでん返し」には人気があるようです。で、国語科講師としては、こういう妙な言葉の語源は何だろうか、と気になるわけですね。歌舞伎から来ていることは知っていたのですが、念のため調べてみると、場面を転換するときに使う仕掛けからきているようです。舞台を回転するようにつくって、回転させるとまったく違うセットが現れたり、舞台が後ろに倒れて新しい舞台に一瞬に変わったりする仕掛けを使って場面を転換することを「どんでん返し」と呼びます。「龕灯」という、江戸時代から昭和前期まで使われた「懐中電灯」があります。「がんどう」と読みますが、「強盗提灯」と書いて「がんどうちょうちん」と読ませることもありました。ちょっとした工夫で、どんな方向に動かしても中のロウソクが消えずに、正面だけを照らして持ち主を照らさないということで、強盗が家に押し入るときに使ったらしい。メガホン型の筒の中にあるロウソクが、回転しても火が消えないという仕組みが、歌舞伎の舞台のからくりのヒントになり、はじめは「強盗返し」と言っていたそうですが、舞台を回転させて転換する際に、鳴り物の音を大きく立てることから「どんでん返し」と呼ぶようになったということです。
ただ、忍者屋敷などで、敵に攻め込まれたとき身を隠すために、扉や壁が回転するようなからくりがありますね。あれも「どんでん返し」と呼ぶことがあり、こっちが語源という説もあります。いずれにせよ「どんでん」は擬声語・擬態語です。音の感じがちょっと似た言葉に「どたキャン」というのがありますが、これはどうでしょうか。これは擬声語・擬態語ではなく、「土壇場でキャンセル」の略です。逆に、元々参加する予定ではなかったのに、当日になっていきなり参加する場合は「ドタ参」というそうですが、あまりお目にかかりません。この「土壇場」は、江戸時代の刑場で使われた、「土を盛った壇」のことです。60センチほどの高さの「土壇場」に、手足を縛り目隠しをした罪人をうつぶせに横たえて、刀を使って処刑するわけです。当然、そこは「人生最後の場所」ということになり、そこから、進退きわまった場面や最後の決断をせまられる場面を表すことばになったのです。
「どたキャン」の「キャン」は「キャンセル」の省略形でした。では、「ネガキャン」は? これは「ネガティブ・キャンペーン」ですね。同じ「キャン」でも意味がちがう別の言葉です。外来語の省略形は、こんなふうに同じ音でありながら別の言葉だというものがよくあります。最も意味の多いのは「コン」でしょうか。「エアコン」は「コンディショナー」、「パソコン」は「コンピューター」、「マザコン」は「コンプレックス」、「ミスコン」は「コンテスト」、「リモコン」は「コントロール」または「コントローラー」、「ゼネコン」は「コントラクター」、「ツアコン」は「コンダクター」、昔「ボディコン」というのも流行しました。これは「コンシャス」でした。「ネオコン」となるとちょっとわかりにくい。「コンサバティブ」と言われてもピンと来ないかもしれません。「ベルト・コンベヤー」を略して「ベルコン」と言うことはあるのでしょうか。希学園を高く評価してくれる「オリコン」は「オリジナル・コンフィデンス」の略ですね。漢字との組み合わせもあります。「生コン」は「コンクリート」、「合コン」は「コンパニー」のさらに省略形「コンパ」ですね。
「スポコン」というのもありましたが、これは「スポーツ根性もの」と呼ばれた漫画やドラマです。「スポーツの世界で、根性と努力でライバルに打ち勝っていくドラマ」ということでしょう。多くの場合、主人公は努力型です。それが血のにじむような特訓を重ねて、超人的な必殺技を編み出したりします。そして、天才型のライバルに勝つというパターンですね。小説の世界では、「コン」で始まる名前の人がいました。「今東光」という人で、「こん・とうこう」と読みます。「新感覚派」と呼ばれる川端康成らのグループから出発した人ですが、のちに出家して、なんと天台宗の大僧正にまでなっています。中尊寺の貫主にもなって、その縁もあって奥州藤原氏の興亡を描いた『蒼き蝦夷の血』という作品も書いています。しかし、八尾のお寺の住職であったときの体験をもとに描いた小説が面白く、『悪名』という作品が有名です。勝新太郎主演で映画にもなりました。この人の法名は「春聴」と言います。瀬戸内晴美という小説家が出家するときに、この春聴大僧正を師僧として、中尊寺において得度しました。法名を「寂聴」と言います。ぼんやりしているとき、この人の名前がテレビなどから聞こえると「ジャクソン」に聞こえて、思わずポーと叫んだことがあります。…ウソです。