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2019年6月 2日 (日)

おまえモカ

プレミアムが付くどころか、お金そのものの値打ちがなくなることがあります。江戸時代にそれぞれの藩が領内だけで通用する紙幣として発行したものが藩札ですが、こんなもの、藩がなくなれば紙くずでしょう。大名なんて、いつ改易になるかわからないのですから。松本清張の小説に『西郷札』というのもありました。西南戦争のときに、軍費を調達するために発行された軍票ですね。軍票なんてのも、商店街の金券と同じで、一夜で価値がなくなってしまいます。西郷札も、西郷軍が敗れたあと、明治政府に没収され、廃棄されます。そのせいで現存するものは少ないために、コレクターの間では高額で取引されているそうですが…。

逆に、一夜で有名人やスターになるということも世の中にはよくあります。マスコミ、今はユーチューブでしょうか、そういったものに取り上げられた瞬間、日本中、場合によっては世界中から注目されることもあります。ペン・パイナッポー・アッポー・ペンで一躍有名になったピコ太郎なんてのもいました。一夜とまで言わずとも、時代による価値の変遷というのもあります。足利尊氏などはその典型でしょうか。食べ物にもそういうのはあります。ホルモン焼きなどは、昔は小腸や大腸などは廃棄していた部位なので、「ホルモン」の語源は大阪弁の「放るもん」であるという俗説があります。トロもそうですね。これもやはり昔は捨てていたわけですから。冷蔵庫がなかったころは、脂身はとくに傷みが早かったので捨てるしかなかったのでしょう。赤身なら醤油に漬け込んで「ヅケ」にできますが、脂身は水分を弾くのでヅケにすることもできません。どこかの老舗の寿司屋の常連のサラリーマンが、口の中でとろけるから「トロ」と名付けたことから、人気が出てきたそうな。

クロマグロもだんだんとれなくなって、ますます「希少価値」の度合いも高まっていきます。ありふれたものがなくなると高価で取引されるようになるのですね。メダカでさえも絶滅危惧種に指定されています。雀も急激に少なくなっているとか。何年か前の新聞に90パーセント減少と書いてありました。百羽いたはずのものが十羽になっているということですよね。ウナギは今やレッドリスト入りです。近大にがんばってもらうしかありません。近畿大学は完全養殖に成功した「近大マグロ」が有名ですが、最近はウナギに限りなく近い味をめざして「近大ナマズ」を鋭意研究中です。

庶民の味の代名詞の「さば」でさえ、乱獲で減りつつあります。食卓にのぼるのはノルウェー産が多いらしい。さばの缶詰も人気で、品切れになることもしばしばだとか。親しい人に「元気?」と言う感じのフランス語「サヴァ」とかけた、オリーブオイル漬けの「サヴァ缶」もあるようです。もやしは珍しいものではありませんが、あまりに安すぎて作り手がどんどん減っているそうな。ということは将来的には気軽に食べられなくなるかもしれません。同じ食卓の優等生バナナも相変わらず安い。需要供給のバランスはどうなっているのでしょうか? 

最近ちょくちょくテレビでやっているのが、「客のいない店がやっていけるのはなぜ?」という企画です。やはり需要があるのですね。餃子のみに特化した店はそれなりに客がはいります。たこ焼きのみ、というのは昔からありますね。堺にはプノンペンそばのみ、という店があります。判子屋さんはどうでしょう。ハンコだけでやっていけるのか。実際には会社の書類や表札などの注文があるようです。ただし、表札はあまりもうからないらしい。新京極に「下手な表札屋」というのがありました。今でもつぶれずにあるのかなあ。「下手」というの自虐ネタで、じつは人気の店だったのかもしれません。「日本一」というのは誇大広告と言われそうですが、これは誇大広告ではないのでしょうかね。「うまいラーメン」というレベルなら誇大広告とは言えないでしょうが、もしもムチャクチャまずかったとしたら、誇大広告だ金返せ、となるかもしれません。

「まずいラーメン」と銘打って、実はうまかったら、これも誇大広告なのか虚偽の広告なのか。ラーメンなのに「カレーライス」と命名したらどうなるでしょう。カレーライスが出てくると思って注文したらラーメンが出てくる。文句を言ったら、「いや、ウチではラーメンのことをカレーライスと言うんです」というのは許されるのか。「百円ラーメン」と看板をかかげておいて、値段が二百円なら、いくら「百円ラーメンとはあくまでもウチのラーメンの名前であって、値段が百円だとは言ってません」と抗弁してもだめでしょう。きちんとしたラーメンを出しているのに、看板に「ラーヌン」と書いてあるのは? 「ラーメン」と書いていたのに、だれかが付け足して「メ」を「ヌ」に変えたのだ、といういいわけをすれば許されるのか。ひらがなで「らーめん」にしても「らーぬん」にされそうですが…。

「うどん」を「うろん」と称したら看板に偽りあり? 大坂では「けつねうろん」と言いましたけど、やはり「うろん」な商品と思われそうです。「オニオンスライス」を注文して、たまねぎを酢につけたものがのっているごはんが出てきたら、これはやられましたと言うしかないかもしれません。ラーメン屋が密集している横丁で、一番手前の店が「日本一うまいラーメン屋」という看板を出したら、負けじと次の店が「世界一うまいラーメン屋」と出した。さらに次の店は「宇宙一うまいラーメン屋」という看板。困った一番奥の店が思案の末に出した看板が「入り口はこちら」。こういう積み重ねの小咄はなかなか味があります。

カエサル(シーザーがいつのまにかカエサルになっているんですね)がみんなにコーヒーをいれるという小咄があります。カエサルはコーヒー通なので、それぞれに合わせて豆を変え、「クレオパトラ、おまえにはこのキリマンジャロ」、オクタビアヌスには「おまえにはブルーマウンテン」、クレオパトラとの間にできた息子シーザーリオン(これはカエサリオンとは言わないのかな)には「おまえにはコロンビア」、最後にひかえていた男に向かって、「ブルータス、おまえモカ」…という落ちは教養のある人にしか通じない。積み重ねていって落とす快感、しかも出典がやや知的でハイブローです。

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